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その茨城からの帰り道、とっぷり日が暮れた水戸街道の四つ木橋を渡って墨田区に入ると、橋を降りたところの右手にある九石はもうきれいすっかりENEOSになっていた。翌日あわてて蓮根、環七神谷、尾久、南花畑、西加平、三鷹中原、小金井前原、東村山、東矢口と思いつく限りの都内の九石を駆け回ったがどこも転換工事は完了してしまっている。どうも都心に近いほど工事の着手が早かったらしい。

それならと多摩川を渡って川崎市内に入り、尻手黒川道路の馬絹、武蔵中原宮内、鶴見川沿いの江ケ崎、産業道路と祈るように廻る。馬絹と産業道路は茨城で見たのと同じようにサインポールなどの電飾のみ交換が終わっている状態だったが、中原宮内と江ケ崎はとっくに真新しいENEOS店舗に生まれ変わっていた。

さあ大変、翌週あわてて東松山に飛んでいったが、予想通り東松山バイパスは九石であった形跡はみじんもないほど見事にENEOSに変身していた。小川バイパスのセルフも直前に工事完了。嵐山花見台はサインポールのみENEOSになっていて年明けには塗装が入るという。こうなると都心に近いところはすべて断念して、遠いところから見ていくしかない。

その日はその足で熊谷から行田に抜けて122号を東へ走ったが、騎西町のバイパス東端にあったはずの九石もENEOSになっている。あとは久喜の中心の栗橋線に1つと、幸手久喜線に1つあったはずだと、まだ3時すぎなのにもう暮れかかってきた師走の午後を急ぐと、久喜栗橋線の九石は面白いことになっていた。

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