10月の特集『壁のイコン』

イコンはキリスト正教における聖像であり、その多くは壁面や板などの平面に描かれた神、天使、聖人像である。

ガソリンスタンド巡りをしていると、しばしば廃業した給油所の跡地を見つける。しかし廃虚となったガソリンスタンドに心ひかれることは少ない。記録のためにシャッターを切ることはあるが、あとで見返すことはほとんどない。胸がふさがる気持ちがするからだ。
 世の中には廃虚にロマンを求める愛好家が多く、ガソリンスタンドの廃虚もまたその対象のひとつとなっているようだが、私はどんなに古びていても、薄汚れていても、いまこの時に営業している給油所に最大の魅力を感じている。私にとってのガソリンスタンドは生きていてこそのものなのだ。

しかし防火壁に描かれた意匠については、特別な感情がわきあがってくることが多い。
 日本のガソリンスタンドは他の諸国に類を見ない厳しい建築基準のために、ほとんどの給油所は防火壁を設備している。この防火壁はそれぞれの石油ブランドのマークを描く格好のカンバスとなっているが、そこに描かれたブランド意匠は、ときに風化したフレスコ画のように、あるいは北方の正教会にひっそりと残されたイコンのように、静謐でありながら、力強いメッセージをなげかけている。

 

<タイトル写真・旧三菱石油・廃止店舗・山梨県>
このタイトル写真の防火壁は、現在古道具屋の駐車場となっている。廃止店舗から転用するさいに、上から白く塗りつぶそうとして途中で思いとどまった様子がわかる。

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