アルバム09年10月26日「こころ豊かに遊ぶ」を追加
この給油所を見つけた日は日曜日で休業だった。ちょうどいい曇り具合の肌寒い春の日のことだったが、休業日の常でルブ室はシャッターが下りているし、接道面にはロープが張ってある。あくまでもロケハンの参考写真にしかならないが、道路の向かい側から記録用の写真を1枚撮らせてもらっただけで、帰ってきてしまった。
二度目に出直した日は抜けるような晴天で、到着したときはすでに正午を少し過ぎており、北北東を向いているこの給油所は完全に逆光になってしまい、思うように撮影ができなかった。
三度目の正直で出かけた日は、早朝出発した頃にはうまい具合に曇っていたのだが、現地に近づくにつれて雲はほとんどなくなり、また輝くばかりの晴天になってしまった。それでも前回から3ヶ月近く経ち、太陽の位置が高くなっていたためになんとか日陰のつぶれを少なく撮影することができた。苦労しただけにこの給油所への想いは深い。
昭和42年から44年頃の期間に建てられたMobilの給油所には、箱を積み上げたような二階建てのユニークな形をしたものが多い。それはそれ以前の一目見ただけでMobilとわかる独特のV字形の屋根を持つ時代と、Eliot Noyesのデザインによるペガサス・ステーションの様式が採用される昭和45年頃に挟まれた過渡期にあたるが、その短い間にまるでお伽噺の世界のように夢や遊び心のある設計の給油所が全国各地に建てられた。
この給油所はまさにその時代のものだが、この巨大な二階の部分の質量感は他に類を見ない。しかしそれでいてなんともユーモラスな雰囲気が漂っているのがこの給油所の魅力だ。横から見ると、鉄道の信号所かヨーロッパの片田舎にある小さな飛行場の隅にある建物のようにも見えるのだが、この正面の表情だけは独特のものだ。
開業当時から使われている照明。ライトハウジングの形状がラッパ型で、細く優雅なカーブをもつ支柱から垂れ下がる姿は花のようだ。
キャノピー下にもこれと同じ形の照明が2基設置されているが、こちらはキャノピーの梁や支柱との調和と装飾性を意識したのか、ジグザグに加工した鉄線がキャノピーの支柱間に溶接されているのがつる草のように見える。ボール型照明も4基見られるが、オリジナルの照明2基だけでは暗いので後年に追加したものだろう。
おそらくこの給油所を利用する客の誰も、このような装飾がキャノピーに隠されていることに気づいていない。もちろんお店の人もそのことを自慢もしないのである。この街には過去の産業の遺物や古い家屋が保存されているが、こういう誰にも気づかれずひっそりと隠れている造形こそ美しいと思う。願わくばいつまでもこのままであってほしい。