アルバム09年11月29日「いつも外を見ていた」を追加
遠くから見えたときにすでに「ああ、これは元はMobilではないな」とわかっていた。セールスルームの建物にも、キャノピーにもMobilらしい特徴がどこにもない。しかしそんなことはもうどうでもいい。こんなに魅力たっぷりのキャノピーを見たのはひさしぶりだ。
お店の方に聞くと、予想通りMobilになる前は丸善石油だったという。開店したのは昭和40年代のはじめで、当時はキャノピーがまだめずらしい時代だった。 ブランド意匠によるキャノピーデザインが定着する前の時代には、給油所設備メーカーが独自設計で施工したものや、経営者が地元の工務店に設計施工を依頼したものなど、個性的な形や構造を持ったキャノピーが続々と作られた。
このキャノピーは小判形のルーフ部分を2つの脚部で支えている。ルーフ部分は帯状の外枠の中に、折り鋼板をはめ込んであるが、中央で二分割してそこにむけてわずかな勾配をつくり、 あつめた雨水をフレームの一部のように見える雨樋から目立たないように逃がすことで、外観を損ねずに降水の処理をうまく解決している。
それぞれの脚部は美しいカーブをもった4本のパイプで構成されているが、そのバランスのよい組み方は、まるですらりと背の高い二人の天使が、並んで腕をひろげ、歌をうたっているようにも見える。実際にはもう一本基礎となるパイプが中心にあり、それを四方から囲むように4本のパイプが配されている。さらに全体の高さの7割ほどのところで中心のパイプは抑えてあるので、上部は曲線部だけが四方に広がっているように見える。
この給油所のもうひとつの魅力は、3台の異なる計量器が左から右へ、まるでこの給油所の歴史を語るように順に並んでいることだ。左端の軽油用として使われているトキコのSS23型は、もうすでに30年以上現役と思われるが、長年使い続けて無数の傷がついたステンレスのサイドパネルや油がしみこんだ塗装面は、思わず手を当ててさすりたくなるほど美しい。
道路越しにシャッターを切っていると、信号待ちのバスが止まって視野をふさいだ。今日は休日。がらがらに空いたバスの最後部の席に乗っている高校生はこれから部活に向かうところなのだろうか。やがて信号が変わり、バスは町に向かって走り去っていった。