晩夏の一日

お盆休みの土曜日。ある地方の給油所の様子を確かめたくて、ちょっと遅めに家を出た。

その場所に行くにはいつも同じ川沿いのルートを使う。信号がほとんどなく交通量も少なくて走りやすい道。とくにこの暑さの中では、渋滞には巻き込まれたくない。こんな日に走るにはちょうどいいルートのはずだった。ところが前から気にはなっていたのだが、3月の震災の影響で路肩が崩れ、その道が通行止めになっていた。しかたがないのでこれまで使ったことのない間道を選んだ。

その地方はこれまでにも何度も訪問しているので、主要地方道はほとんど走ったことがある。どこにどんな給油所があるかはだいたい覚えている。しかしそれでもまだ通ったことのない忘れられたような間道があちこちに残っている。8月の真昼、炎天下の水田地帯。点在する集落をつなぐように走る間道のひとつに踏み込んで、最初の集落ですでに廃業した給油所の跡を見つけた。

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Mobilの赤い天馬である。白い塗料の下にはかすかに赤い塗装があった痕跡がある。宗教的な絵画にも通じる逸品であり、シルクロードで発掘された壁画だと偽っても通るかもしれない。おそらく昭和30年代中頃に描かれたものだろう。

一日かけた給油所巡りの最初にこういう作品に出合うと、その日はすばらしい給油所をつぎつぎと見つけることができる予感がする。予想通り、それからほどなくこんどは旧日石時代の最後の塗装のまま休業している給油所に出会った。旧日石の最後の塗装パターンは安っぽいパステルカラーが使われていて、個人的には好きなものではない。しかし二基残されている計量器のうち、一つが希少な渋谷製作所製のものだったので、思わず足を止めて撮影した。計量器はもとから製造数が少なかったこともあって、いまではほとんど見かけることのないものだったが、それよりもキャノピー支柱に何度も塗り重ねられた塗料のひび割れたフレークが見せる色の美しさに、夢中になって数十枚シャッターを切ってしまった。

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一番下の赤の時代、そして青緑の時代、さらに白の時代。それは珊瑚の一種のように、あざやかな蝶々の鱗粉のように、遺跡から発掘された柩の中から出てきた極彩色の衣装のように。

かつて何度も通ったことのある小さな集落を通り抜け、いまもShellの古いマーキングがブロック塀に残っているかを確認する。以前来たときよりもいくぶん褪色が進んでいるような気がするが、それでもまだはっきりと貝の形が読み取れた。

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やがて通りかかった街のはずれに、かつて賑わった給油所の跡がある。いま敷地内はコンクリート打ちが剥がされて砂地となっているが、そこに白い小さな花をたくさんつけた夏の草が生い茂っているのを見つけた。白いキャンバスのような防火壁に草の緑がよく映えている、赤い花が一輪だけ混じっているように見えたが、よく見るとそれは防火壁の一部だけ、白い塗装が剥がれて下地にある赤い色が露出していたのだった。

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その後、その日の目的だった給油所を訪れ、予想通り廃業されていたことを知る。廃業は虫の知らせでわかっていた。ただ震災で被害を受けて廃業したのではなく、地震よりも数カ月前に店主の方が高齢になったので自主的に廃業されたことを確認することができて安心した。

それからその場所からほど近い旧丸善石油の給油所跡を訪ねる。コスモになった形跡がないところを見ると、廃業してもう30年は経っていると思われる。前に二度足を運んだことがあるが、今回は防火壁に残された丸善石油のマークを丹念に撮影する。赤いツバメのマークの下に何か別の意匠がペイントされているのだが、よくわからない。解読までにはすこし時間がかかるかもしれない。

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帰り道、近くまできたついでに、いつも思いだす古いMobil給油所跡に足を延ばした。昭和30年代の水色の壁塗装がそのまま残っている貴重な遺跡。いまは一部が花壇状態になっているが、かわらず人の手がかけられて荒れた状態になっていないことに安堵する。

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もうそろそろ陽が暮れてきたので、本日の撮影も店仕舞いと思っていたときに、こんどはかなり古い出光の給油所跡を見つけた。出光の書の下にうっすらと日石CALTEXのマーク跡が見える。しかもCALTEXのマークは少なくとも二度は塗替えられた様子がわかる。塀の下部の深緑色のラインは日石時代のもののようだ。

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暑い一日だった。途中水分を何度も補給したにもかかわらず、帰宅して体重を計ると2キロ以上痩せていた。しかしその疲れを感じないほど充実した探索だった。

3 Comments

  1. 旅情を書きたてる写真と紀行文に入り込んでしまいました。
    廃業したガソリンスタンドにも歴史があるという事実を教えていただきました。
    有難うございます。
    当社駒町SSにお出かけ頂いた折、所要でお会いできませんでした。
    機会がありましたら、「岳」「神様のカルテ」「おひさま」で一挙に全国区になりました
    信州松本へお出かけください。
    お会いできますことを楽しみにしております。

  2. 丸善スタンド跡は「壁のイコン」で紹介されていた不明スタンドですか?
    どちらにせよ廃止店舗を真っ青に塗っちゃうのは珍しい、
    普通は白(クリーム)か灰色ですね…

  3. ご覧いただきありがとうございます。
    この元丸善給油所跡は、壁のイコンで取り上げたものとは別の給油所です。
    青で塗りつぶしたのは防火塀だけで、建物は白っぽい色で塗られています。

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