私は贔屓の作家や友人知人が新しく本を出すと、必ず「ちゃんとした書店」に買いに行くことにしている。それは個人的なこだわりにすぎず、きわめて私的な儀式のようなものなので、その理由や意義についてはわざわざ説明しない。
このたび待ちに待った「100均フリーダム」(ビー・エヌ・エヌ新社)が書籍化された。著者はもちろん日本ピクトさん学会会長の内海慶一さんである。
Adobe Illustratorでわざとゆるくタイポグラフィーを配置し、それをなんとFreewayという超お気楽web制作ソフトでwebページに仕上げるという手の込んだ仕事による名サイト「100均フリーダム」(http://100freedom.jpn.org/)で公開中の自由度全開100均グッズに、あらたに未公開アイテムを加えて書き下ろしたこの本が手に入る日を、これまでどんなに楽しみにしていたかわからない。
私が買いに行く「ちゃんとした書店」というのは都内にいくつかあるが、その定義についてもこの場では言及しない。そんなものは個人的な都合でしかないからだ。ただ結果的には丸善の丸の内本店に行くことが多い。その理由のひとつは丸善のブックカバー、あの白地に黄色とグレーでデフォルメされた日本列島が描かれたカバーを付けてもらうのが好きだからだ。丸善にも客として不満なところはいくつもある。でもあのカバーをかけてもらうと、すべてが帳消しになる。贔屓なんてものはそれぐらいの理由でしかない。
前置きが長くなったが、この「100均フリーダム」、公式に予告されている発売日よりも早く、すでにあちこちの書店に並んでいるようだという情報を得て、さっそく日曜日の夕方、地下鉄に乗って丸善に出かけていった。行く途中の車内で、この本がいったい丸善のどの売り場にあるのだろうかと、ぼんやり考えていた。この本は写真集なのだろうか。それとも消費者ガイドなのだろうか。丸善の売り場の人はこの本をどのジャンルに分類して、どこに置くのだろうか。
とりあえず3階の写真集の売り場に行って見た。この売り場はドボク系写真集に対する理解が深く、しかも写真関連書籍とデザイン書籍がつながった売り場にあるので、非常に便利な場所だ。しかし写真集の棚にはこの本を見つけることができなかった。そこで売り場のあちこちに設置されている書籍検索端末を使ってみた。丸善の端末は検索して探している書籍が見つかると、それが広い売り場の書棚のどの位置にあるかを示した地図を印刷することができる。まず最初に書名検索で「100キンフリーダム」と入力してみたのだが、該当が出ない(これは「ヒャッキンフリーダム」で検索しなかったのがいけなかったらしいことにあとで気づいた)。そこで著者名検索で「ウツミケイイチ」と入れたところ、すぐに「ピクトさんの本」と並んで「100均フリーダム」が表示された。
お目当ての「100均フリーダム」は3階と2階の二箇所にあるようだ。この本のようにフリーダムなコンテンツは画一的にひとつのジャンルにおさまるものではない。まず3階の売り場は「プロダクト・デザイン」のカテゴリーに配架されているらしい。なるほど。きわめてまっとうな分類だ。これはプロダクト・デザインの教科書にふさわしい。それでは2階の売り場はどこだろうか。まさかサブカル本とか、タレント本の棚に入れられていることはないだろう。
2階の売り場表示をクリックしたとき、私は思わず息を呑んだ。
「マッサージ」!!!
なんとこのいとおしき本は「マッサージ」の棚にあるというのだ。なんという機知。なんという愛。この本がどれほど人の心をときほぐすかということをよく知った人が丸善にいるのだ。私は検索結果と売り場地図のスリップを印刷し、それをひったくるようにつかむと、エスカレーターを転げ落ちるように二階に降り、D売り場07124(マッサージ)の棚に急いだ。
売り場に到達してみると、マッサージ関連の本だけでも100冊以上も並んでいる。いったいこの中のどこに「100均フリーダム」があるのだろう。目を皿のようにして探したが、棚にも平台にも見当たらない。もしかすると、一冊か二冊しかなかったものがすでに売れてしまったのかもしれない。結局、マッサージのコーナーで「100均フリーダム」を発見することはできなかった。
私はすごすごとまた三階に戻り、プロダクト・デザインの書籍売り場の平台に燦然と積み上げられている「100均フリーダム」を手に取り、レジに向かった。レジで応対してくれたのは、おそらく今春入社したばかりの新人研修生だった。ぎこちない手つきでPOSリーダを使い、たどたどしい口調としぐさで釣銭を返す彼の側にはベテランのレジ係が指導についている。君がどんな希望を抱いてこの書店に入社したのか私は知らない。この古い書籍商に何人の人が働いているかも私は知らない。だが、「100均フリーダム」をマッサージ本に分類するユーモアと優しさを持った先輩社員が居る、そんな会社に君は入社したのだよ。おめでとう!
なんだかわからないが、新人の彼にむけて、心の中でそうエールを送った。
さあ、早く家に帰ってこの本を開き、僕も頭のコリをときほぐそう。フリーダム!