ヨシナガさんという建築家が関西で活動しておられる。もちろん本業の建築家としての仕事も精力的にやっておられるのだが、余力というか路上観察にかける情熱もただものではない。有名な「キョート*ダンメンロシュツ」はその代表的な成果の一つだ。

しばらく前にヨシナガさんは路上観察のあらたなテーマの研究成果を新しいブログにまとめて公開された。その名も「善意のはやにえ」。路上の落し物をわざわざひろって目につきやすいような場所に置き直すという善意ある人々の営みを丹念に記録したものだ。その名は小動物を捕獲しては木の枝などに誇示するように磔(はりつけ)にするという、いわゆる「モズのはやにえ」に由来する。そして落とし物を見つけてはていねいに置き直す小市民を「モッズ」と呼んでいる。

このブログを知って以来、僕もいつか心温まる「はやにえ」を発見して投稿したいものだと考えていたが、自分の通勤経路や行動範囲の中ではなかなか見つけることができないままでいた。

過日、北欧に行く用事があった。旅先でも路上観察を怠らず、ぜひ異国のはやにえを採集してきたいと意気込んだのだが、なにしろ冬の真っ只中、降雪も多く日照時間の短い北欧で、そんなものがそう簡単に見つかるとは思っていなかった。

しかし彼の地にも、心優しき人々は確かにいたのである。

jorden

これはコペンハーゲン郊外で地元の人々に愛されている有名なカフェ。アルネ・ヤコブセンが多くの建築を残したGentofteという町からほど近い海辺にある(ただしこのカフェはヤコブセンの設計ではない)。その駐車場の中で、花崗岩の丸いオブジェの上に黒いマフラーがきちんと畳まれてよく見えるように置いてあるのを見つけた。たしかに駐車場は落し物がよく発生する場所だ。誰かこのマフラーを無くして困っているだろうが、ここに置いておけばきっと見つかるに違いない。

その翌日、デンマークからスウェーデンに移動するとき、空港の出発ゲートのカウンターに小さな子供靴がそろえて置かれているのを見つけた。

kastrup_shoes

銀色のビニールテープを貼り付けてD2とゲートの番号が書いてある。おそらく空港職員があとから探しにくる人のために、この目立つカウンターの上に置いたのだろう。ヨーロッパに来て早々、すばらしい善意のはやにえをたてつづけに発見し、ここにも人の情けがあることを知ってなんだかうれしくなった。

ところがその後スウェーデンからさらにフィンランドに移動したのだが、北に向かうにつれていよいよ雪は多くなるし気温は下るしで、きょろきょろ路上を観察していては足元を取られて転びそうになる。(じっさいストックホルムでは写真撮影に気をとられていて派手に転んでしまった。)ヘルシンキ市内は記録的な降雪が続き、たとえ何かを落してもすぐに雪に埋もれてしまうような状況で、「はやにえ」を見つけることができなかった。

ヘルシンキには数日滞在した。いよいよ明日はこの国を離れるという最後の夜、現地でずっと世話になった友人のE氏と中華料理を食べに行った。市内の道は除雪でできた雪の山が道幅を狭め、その隙間を埋めるように車が路上駐車されている。ようやく目当ての中華料理店からさほど遠くないところに駐車スペースを見つけて車を降りたのだが、そのときE氏が「あ、手袋落としましたよ。」と教えてくれた。どうやら車内では手袋を脱いで膝の上に乗せていたのを忘れて車から降りたときに落としたようだ。気が付かなければ強い風に飛ばされるか、降り続く雪に埋もれてわからなくなってしまうところだった。

中華料理はE氏が「ここはまともな味」と言うだけあって、想像したものとは違うものが出てきたがそれでも美味しかったエビの料理や、ひさしぶりの炒飯などを二人で楽しんだ。
「結局、今回フィンランドでは善意のはやにえを見つけることができなかったなぁ。期待してたんだけど。」
「いやこっちでもけっこうあるんですよ。僕もお世話になったことがありますから。でも今年は格別に雪が多いからねぇ。」
などと語りながら目の前の料理をすっかり平らげ、そろそろ帰りましょうと席をたった時、手袋が片方ないことに気が付いた。

「さっき、車を降りるときに拾いましたよね。」
「うん。じゃあもう片方は車の中にあるんだろうね。」

きっともう片方は車のフロアかシートとドアの隙間あたりに落ちているだろう。そう期待して店を出て、車を停めてあるところまで雪道を急いだ。

「ますます冷えてきたね。」
「マイナス18度ぐらいはあると思う。風があるからもっと寒く感じる。」

E氏の車のところまできて、助手席側に回ったとき、僕は思わず声を上げないわけにはいかなかった。

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もう片方の手袋は、見知らぬ人の善意によって、しっかりと風に飛ばされぬようドアの把手に差し込まれていたのだ。