その日は一日、雨の中を走り続けることを覚悟していた。どんなに濡れても先に進まないわけにはいかなかった。
雨に打たれることよりも、大きなトラックとすれ違うたびに叩きつけられる水しぶきが惨めでつらかった。
街から次の街までの間が、ひどく離れているのも身体に堪えた。かといってどの街に入っても身を寄せる場所もなかった。どの街も静かでただじっと雨に濡れていた。それでも少しのにぎやかさを求めて鉄道駅の近くを通ってみた。駅前のひっそりとした小さな商店の連なりの中に、開いているのかどうかもわからない美容室があった。

都会を遠く離れた小さな街の駅前にはひどく不似合いな、粋な看板文字をしばらくじっと見ていた。都会的な女性を連想させる洒脱なイメージがある一方で、手塚治虫の漫画の描き文字にも共通するものがあることに気づいた。
誰がこの文字の下案を描き、誰がこの形に切り抜いてこの壁に取り付けたのか。

遠い国の同じ名前の女性歌手のことをふと思い出した。これは六月のことではなく、大人の女性の名前なのだと自分に言い聞かせていた。