東京の複雑な地形には、尾根を通る大通りにビルやマンションが立ち並び、その裏側の谷間には河川の名残りにそって、くねくねと細い道が続いている場所がたくさんある。その窪地にいまも残る小さな商店街の端の、商店がしだいに民家と入り交じるあたりに、美容室の看板がなければ見逃してしまいそうな店舗が建っていた。いや実際のところ、何度もその前を通っていながら、これまでその店舗に気づいたことがなかったのだ。
2間半の間口を5等分して、半間の出入口、一間半の窓、そして半間の陳列窓を配した典型的な美容室建築のレイアウト。いま扉は閉ざされて確かめるすべもないが、入口をくぐると上がり框があって、まず履物を脱ぐようになっているはずだ。
ホットがどういう意味だったのか、そのあたりにご近所の年輩のご婦人でもいらっしゃれば聞いてみたいところだったが、配達のバイクが一台通り過ぎていったほかは、その時間はネコ一匹歩いていなかった。