岡山県に両備バスというバス会社がある。おもに岡山県南部を広く営業範囲としてバスを運行しており、東京や大阪、四国方面にも長距離バスを走らせている。

数年前に岡山を旅行したときに、両備バスの停留所標識の造形が目にとまった。丸いプレートに停留所名が書いてあるところまでは、よくある古いバス停標識と同じなのだが、それを支えているフレームが特徴的な四辺形をしている。標識じたいは古いものなのだが、その時代の人が夢見たモダンな造形のひとつがこういう形だったのかと思わせるようなものだった。

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それから日本の各地でたくさんのバス停標識を目にしてきたが、両備バスの標識のことは忘れることがなかった。数十年も前に、おそらく岡山県下のどこかにこの標識を製作している作業所があって、できあがった標識のひとつひとつに、仕様書にしたがって白い塗料を含ませた筆で停留所名を書き込んでいる熟練の職人がいたはずなのだ。岡山を再訪するたびに、同じ標識をみつけてはその筆跡を眺め、記憶にあるものとの微妙な違いを楽しんだりした。しかしこの古い形のバス停標識はしだいに新しいものに置き換えられ、徐々にその同胞の数を減らしていることにも気づいていた。

過日、ひさしぶりに岡山県下をまわる機会があった。真冬にしては暖かい陽射しの中、牛窓から日生に向かう途中の県道で、両備バスの停留所小屋を見かけた。

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あのバス停標識のフレームと同じように傾斜した四辺形の造形である。板とトタンで囲っただけの窓もない簡素なものだが、中のベンチに腰掛けていても遠くからバスがやってくるのがよく見渡せる。どうやら両備バスには、ある時期にこの形を使ってバス停でバスを待つ時間を、すこしでも楽しいものにしたいと考えていた人がいたようだ。それがいつの時代の誰であったのか自分にはわからないが、その人が両備バスのオフィスで机に向かって図面を引いていた姿や、できあがりを確かめに営業所に足を運んだことや、バスの乗客となるために停留所でバスを待ちながら自らの設計を眺めていた日のことを思い浮かべたりした。

岡山県内をかなり時間をかけて回った後で、ふと両備バスの本社を見てみたくなった。別に誰に会うという用件があるわけでもない。ほんの思いつきのことである。調べてみると両備バスの本社は岡山駅からほど近い県庁通りという中心街にある。ひとまずコインロッカーに旅の荷物を預けて身軽になり、駅から歩いて5分ほどのその場所に向かった。そしてその真ん前に達したとき、私は思わず唸り声をあげずにはいられなかった。

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そこだけ空が大きく開けたように感じる低い二階建ての社屋の中央に、サンルームのようにはめこまれたガラス張りの構造は、またしてもあのバス停標識や停留所小屋と同じ傾斜した四辺形だった。
もしかするとこの社屋やバス停や停留所小屋は、私の知らない著名な建築家によってデザインされたものなのかもしれない。しかし地方のバス会社が遠い昔に仕掛けていた造形の符合に、いまようやく気づいた愚か者にとっては、それはどうでもよいことだった。
この本社から県庁通りを東に500mほど行くと、天満屋バスターミナルがある。戦後まだ間もない頃に、モータリゼーションの時代を見越して百貨店に隣接してバスターミナルが作られ、そこから岡山市内、近郊、県下の各地からバスが到着しては、また出発して行く光景が今日までずっと続いている。
市内に勤める人は何十分もバスに揺られたあとで、あの形の標識のバス停に降り立ち、そこから家路につくのだろうか。瀬戸内の暑い陽射しが照りつける真夏の正午近く、老婆はあの小屋の日陰にいっときの涼を求めるのだろうか。
岡山で暮らす人々のバスをめぐる日々の生活についての思いがいつまでも止まらなかった。

【追記 1】
この社屋前にはバス会社としての遊び心のつもりなのだろうか、英国の二階建てバスがディスプレイされている。しかしその赤く大きな車体は、この清廉な美しさをもった社屋の眺めをさえぎる余計な障害物にしか見えない。

【追記 2】
両備バスの古いバス停標識には、人型のものもある。正直なまでに人の型をしていて、これもまた微笑ましい。

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