世の中にはその道の巨匠とか斯界の権威と呼ばれる人がいて、そういう人に図案や意匠を頼むとべらぼうな金額のギャラを要求されるが、それでも巨匠なんだからそれぐらいの報酬は当たり前だと、平気でまかりとおっている例がいくらでもある。
その仕事の出来栄えは、さすが巨匠が手がけただけのことはあると納得できるものであって当然なのだが、ときにはなぜこれが巨匠の作品なのかと首をかしげたくなるような代物に遭遇することもある。こんな仕事に巨額のギャラが支払われたのかと思うと、自分が払ったわけでもないのに憤りを感じる。

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これは名もない職人が作ったパチンコ屋の看板だ。どんな巨匠がプロデュースしましたというプレスリリースもなければ、公開されるまでカバーを掛けて秘匿されることもなく、こけら落としのテープカットもない。
西日の差す蒸し暑い作業場で、汗を拭きふき自己流の図面を引いて、自分で材料を調達して文字の切抜きをし、自分で脚立を背負って取付けに行って、帰り道に焼鳥屋で一杯ひっかけるのを楽しみにしていたような無名の職人の仕事である。

しかしパチンコの四文字のいずれにも、庶民の遊戯を楽しむ人の喜怒哀楽がにじみ出ている。飛び跳ねる銀玉、鳴り響く鈴の音、意気踊る軍艦マーチ、吸い込まれる下穴。誰に教わったわけでも、誰に習ったわけでもないのに、自由闊達な文字の表情を自然に造り出している。