spring

町工場の職人達の世界を、自ら職人である視線で描き出す小関智弘氏の著作の一つに「春は鉄までが匂った」(ちくま文庫)という作品がある。その題名を見た時に、ほんとうにそうだ。たしかに鉄は匂う。と思った。
子供の頃に暮らしていた町のはずれには金属加工をする町工場がいくつかあった。そこに行くとトタン葺きの屋根の下に旋盤の切削屑が一斗缶やドラム缶に入れてならべてあって、きらきらと輝く螺旋の金属屑がいつも不思議な匂いを発していた。

遠い記憶の中に、匂いとともにいまも忘れることなく刻み込まれているのは、製材所の丸鋸の音だ。土曜日の昼下がり、路地裏で遊んでいると、ぶーんという羽音のような響きが遠くの製材所から聞こえてきた。ときには上空を旋回するセスナ機のエンジン音がそれに重なり、さらにはその飛行機に取り付けられたスピーカーから流れる宣伝のナレーションが風にとぎれながら届いた。

土曜日はまだ半日しか休日ではなかった時代の話だ。