昔、ニューヨークにいた頃の仕事場は、築150年の建物の最上階にある6畳ほどの小部屋だったが、雨漏りがひどくて悩まされた。2日も雨が続けば天井にシミが広がりはじめ、そのうちぽたぽたと垂れてくるので、雨の多い時期には毎日ビニールシートを机の上にひろげてバケツを並べてから帰った。

あんまりひどいので、担当者になんとかしてくれと頼んだら、3日ほどしてオルテガと名乗る男が一人やってきて、長い物差しで天井をつついたかと思うと
「あーこれはひどい。」
とひとこと言って帰っていった。オルテガの役目は現状確認なんだそうだ。
オルテガから修繕係のフェルナンデスに連絡が行くのにまた2日ほどかかって、ようやくやってきたフェルナンデスは天井を見上げて
「あーこれは人足が2人は必要だ。」
と言い残して帰っていった。フェルナンデスの仕事は現状によって人足が何人必要かを見積もることだそうだ。

フェルナンデスは人足を手配することにさらに3日ほど費やし、ようやくゴンザレスとテノリオと名乗る人足が来たが、必要な材料が足りないと言って、その日は2人とも午前中で帰ってしまった。翌日テノリオだけが来て、
「ゴンザレスは子供が産まれるので今日は休む。1人だと作業できないので、フェルナンデスの親方に別のを1人よこすようにこれから交渉してくる。」
と言って出ていったまま、その日は帰ってこなかった。
次の日、またテノリオ1人だけが来て
「ゴンザレスは昨日のうちに子供が産まれなかったので、今日も休む。親方に別のを1人よこすように昨日交渉したのだが、だめだったので、今日は1人でやらなくてはならない。」
と言って不満そうに作業を始めたのだが、天井を一部剥がしたところまでやって、
「これは屋根の修理を先にしなければならない。いくら天井を張り替えてもまた漏れてくる。」
と、当たり前のことを言い出した。なんだおまえら屋根屋じゃなかったのかと思ったら、案の定
「親方に交渉してくる。」
と言って帰ってしまった。

どうせまた3日ほどかかって、ロペスとかサンチェスとかロドリゲスとかいう名前の輩が来てはあれこれ言い訳するのはわかっているので、もう当てにしないことにした。ここはニューヨークである。オルテガもフェルナンデスもテノリオもゴンザレスも、どこかカリブ海の島国からやってきた移民だ。
これがオハラハンとかオブライエンとかフィッツシモンズなどと名乗る男達になると、登場人物の数も工期も半分に短縮される。ただし誰か一人はいつも二日酔いで仕事に出てくる。フィッシャーとかミュラーが出てくると2人で2日で修理が終わる。仕事はわりときっちりしているが、融通がきかない。

もしも宍倉友吉って屋根職人がくれば、彼ひとりで1日ですべてが終わる。宍倉友吉(62歳)は朝6時半には現場に来て、9時半に10分の休憩。12時半に奥さん(はつ子 60歳)が作ってくれた弁当をとり出し、10分で食べて20分昼寝するが1時には仕事に取り掛かって、4時に終わり、そのあと現場を30分かけてきっちり掃除して帰って行く。
屋根には足跡ひとつ残っていない。
友吉っぁんはエライよ。友吉っぁんはスゴイよ。
いつか彼に会える日のことを、毎日穴のあいた天井を見上げながら考えていた。