6336この巨大なトラス橋は全長6545mあって、アメリカ西海岸オレゴン州とワシントン州の州境をなすコロンビア川の河口から20キロほど遡った場所に架橋されている。

この橋のオレゴン側にはアストリアという町がある。人口は1万人を下回っているが、オレゴン州北西部では名の知れた古い町で、昨年200周年を迎えた。この橋をシンボルとしてコロンビア川に臨む小高い丘の裾野に広がる市街地は、映画「グーニーズ」のロケ地となったことでも知られている。

コロンビア川は100km以上上流のポートランドまで大型船が航行できる大河で、そのためにこの橋をオレゴン側で60mの高さに持ち上げられているため、非常に高い橋脚が特徴的だ。

その真下に、橋脚がくっきりと濃い影を落とす二階建ての木造の建物がある。白とブルーで塗り分けられた木造壁の上部にはSUOMI HALL 1893-1947の文字。現在一階には作業服の店がテナントに入っているが、元々は集会所だったもののようだ。いやもしかすると今もそのまま使われているのかもしれない。

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SUOMI(スオミ)とはフィンランドが自らの国のことを指すフィンランド語だ。なぜアメリカ北西部の小さな町にフィンランド語の名前の建物があるのか。じつはオレゴン州の北西端とコロンビア川をはさんで対岸のワシントン州の南西端の一帯は、アメリカでもフィンランド系移民の多い地域だ。

フィンランドからアメリカ新大陸に渡った最初の移民は1650年頃とされているが、1870年から1930年頃にかけて最も多くの移民がアメリカに到達している。現在フィンランド系アメリカ人の数は約70万人といわれ、全米の人口のわずかに0.2%にすぎない。都市部で他の人種と同化してしまったものを除くと、フィンランド系移民は特定の地域に密集していまも居住している傾向が強いのが特徴で、五大湖地域のカナダと国境を接する地域一帯、すなわちミシガン州北部、ウィスコンシン州北部、ミネソタ州北部はとくに顕著にフィンランド系住民のコミュニティがいまも認められる。その理由は明らかだ。森と無数の湖に恵まれたその地域は、故郷フィンランドの風景によく似ていたからだ。

しかしその地域とは遠く離れた太平洋岸の狭い地域に、まるで飛び地したようにフィンランド系住民の住む地域がある。このSUOMI HALLの建物に刻まれた古い年号は1893年となっているので、最初東海岸に移住した人々が、よりよい土地を求めて西へ西へと移動し、多くは五大湖地域の北部に定着したものの、ある集団はさらに西に向かった結果、とうとうこれ以上は先にすすめない太平洋岸まで届いてしまったのだろう。

フィンランド人は、もともと先史時代にウラル山脈に近い西シベリアの一地域から西に移動した人々が、現在のフィンランドの一帯に定着したのが起源と言われている。その人々の末裔が2000年以上経ってこんどはアメリカ新大陸に移住して、ミシシッピ川を渡り、さらにロッキー山脈を越えて太平洋岸まで到達し、このアストリアの一帯でそれ以上西に行くことを断念してしまったのだ。

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SUOMI HALLと通りを挟んだ向かい側には、なんとアメリカには珍しい公衆サウナ風呂の建物が残っていた。すでに営業はしていないようだが、建物は何度も改修され、比較的最近まではここに人々が集まっていた様子がわかる。

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頭上の看板を見上げると、1928年創業の文字。

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いまはこのようなわずかな痕跡をのぞけば、アメリカの静かな田舎町の風景となんらかわるところがない。しかしほんの20年ほど前までは、たしかにここにフィンランド系住民の集う場所があったようだ。
町のメインストリートをゆっくりとクルマで流して行くと、古い真っ赤なシボレーのタンク車が止めてある自動車整備工場を兼ねた古い給油所があった。

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Niemi OIl。Niemiとはフィンランド語で半島の意味。ときどき見かける苗字でもある。給油所の写真を撮らせてもらおうと、整備工場の中に声をかけると、典型的なフィンランド顔をした長身の男性が、油まみれの手をペーパータオルでこすりながら出てきた。おそらく彼がニエミ氏なのだろう。ニエミ氏はブラウンダック生地のCarharttのカバーオールの上に、さらに同じ素材のCarharttの綿入れジャンパーを重ね着しているのだが、もはや1滴の油もこれ以上染み込まないほど、エンジンオイルやミッションオイルで真っ黒になって黒光りしている。その汚れ具合とヨレ具合がなんとも言えず美しいので、思わず「その作業服ゆずってくれないか」と言いそうになってしまった。
「給油所の写真だって?いいけど。」
「邪魔しないから。数枚撮ったらすぐに去るから。」
「ああ、俺は中に引っ込んでいるけど勝手にやんな。」

いかにも無愛想だが悪い人ではないらしい。間がもたないので、余計なことをちょっと聞いてみた。
「ところでNiemiというのはフィンランド語で半島という意味なんだが、あんた知ってたか?」
「知らんね。だいいち俺も誰もフィンランド語など喋れない。」

そういうとニエミ氏はまた手をぬぐいながら整備工場の中に戻って行った。
はるか西シベリアから出発して数千年。ようやくここまで来て、彼らの遺伝子はそれ以上西へ、それ以上先へ進むのをやめてしまった。さっきの油まみれの長身の男性が、やがて他民族の血の中に消えて行く最後の世代なのだろう。