旅の文章で「いつかまた訪れてみたい」と結ぶ例はよくあるが、本当に再訪を実現させるという一点においてはかなり自負するところがある。それはリピーターのひとつに過ぎないが、ハワイは毎年行っていますとか、ソウルは毎月のように遊びに行きますというような話ではない。
おおよそ普通の人なら、物好きに再訪するほどの用事も名物もないような無名の小さな町をわざわざ訪ねるという馬鹿げた行為にこそ、自分の旅の意味があると勝手に信じている。
ひとつ前のエントリーでアイルランドの古城を間借りした自動車修理工場を紹介した。そこを訪問したのは2月のことで、冬にしては暖かな雨がそぼ降る夕方のことだったが、その写真を店主に手渡しで届けたいという思いが湧いてきて、どうにもおさまらなくなってきた。雨の降っていない日にもう一度見たいという気持ちもあった。(これは前回の写真↓)
結局、やはり行ってきた。そこは首都ダブリンから200キロ以上離れた所で、お城の正門前にテニスコート2つ分ほどの広場があって、それを囲むように古い街並みが形成されている他はとくに見るものもなく、そのさらに先にある景勝地に向かう観光客がアイスクリームでも買うために車を停める程度のよくある田舎町にすぎない。
しかしこんどは8月の午後である。望んだ通りに空は澄み、街路は鮮やかな花で飾られている。1年半ぶりに訪れた工場は遠目にはまったく変わりないように見えたのだが、近づいてよく見てみると結構変化があるのに気がついた。
まず門の脇に3つ並んでいる古い計量器がレストアされている。いずれもすでに給油には使われておらず、飾りでしかないのだが、向かって右側にある一番古いものはツートーンに塗り分けられた往時の塗装に戻すために、ボディの緑色のペイントをきれいに剥がしてしまたようだ。
残念なのは門のアーチ中央にあるBPの紋章の白文字が緑で塗りつぶされたことだ。何か理由があったのか、それともペンキ屋がうっかりやってしまったのか定かではないが、せっかくの雰囲気が画竜点睛を欠いたように違うものになってしまっている。
城門をくぐって中のオフィスに声をかけてみると、前回会った男性とは違う若い人が出てきた。どうやらまた経営者が変わってしまったらしく、こんどは城門にも計量器にも大きく屋号の看板が取り付けられている。実は自動車修理工場ではなく、車のオーディオや内装をカスタムチューンするショップのようだ。
前回撮影した写真を手渡すととても喜んでくれたが、そこで厚意に甘えて長居をしてはいけない。余計なことをなさずに用件だけをさっさと済ませて立ち去るのが自分の旅の流儀なのだ。渡り鳥がつかのまの休息地に同じ場所、同じ木を選ぶように、あくまでも写真を持参しに立ち寄ったという用件だけにこだわるのがよい。うっかり長居してしまうと、次にまた来るという動機を失うことになるかもしれず、なんとなく後ろ髪を引かれるような気分を残して置くのがよいと思うのだ。
とりあえずは5.5である。5.6があるかもしれないし、ここで終わってしまってもそれはそれで仕方がない。