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	<title>2nd Story &#124; ガソリンスタンドの二階</title>
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		<title>屋根バス</title>
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		<pubDate>Thu, 17 May 2012 12:42:05 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[
このなんだか奇妙な顔のような物体はバスである。それも屋根がついている。

いったい何のために屋根が必要だったのか。

出入り口のある左側も塞がれていて、中に入ることができない。だが、こういう奇妙なものがキレイに残っている場所というのは、他にも面白いものがえてして多い。万物に神宿ることを実感せざるを得ない。
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			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/05/bus4041.jpg" alt="bus4041" title="bus4041" width="640" height="480" class="alignone size-full wp-image-1433" /></p>
<p>このなんだか奇妙な顔のような物体はバスである。それも屋根がついている。</p>
<p><img src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/05/bus4039.jpg" alt="bus4039" title="bus4039" width="640" height="480" class="alignone size-full wp-image-1434" /></p>
<p>いったい何のために屋根が必要だったのか。</p>
<p><img src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/05/bus4040.jpg" alt="bus4040" title="bus4040" width="640" height="480" class="alignone size-full wp-image-1435" /></p>
<p>出入り口のある左側も塞がれていて、中に入ることができない。だが、こういう奇妙なものがキレイに残っている場所というのは、他にも面白いものがえてして多い。万物に神宿ることを実感せざるを得ない。</p>
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		<title>紀州の文字職人</title>
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		<pubDate>Sat, 12 May 2012 15:34:14 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[すでに店舗としての役目を終えて、シャッターを閉ざしてしまった建物に、しばしば美しい絵画や文字を見つける。給油所巡りの途中にわざと路地やさびれた商店街の中に迷い込んで、そんな建物を探すのが習慣になってしまった。


いずれも和歌山の古い街並みの中で偶然出合った建物。この文字を作った職人達はまだ生きているだろうか。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>すでに店舗としての役目を終えて、シャッターを閉ざしてしまった建物に、しばしば美しい絵画や文字を見つける。給油所巡りの途中にわざと路地やさびれた商店街の中に迷い込んで、そんな建物を探すのが習慣になってしまった。</p>
<p><img src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/05/inei1.jpg" alt="inei" title="inei" width="640" height="480" class="alignone size-full wp-image-1417" /></p>
<p><img src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/05/sanseido.jpg" alt="sanseido" title="sanseido" width="640" height="450" class="alignone size-full wp-image-1414" /></p>
<p>いずれも和歌山の古い街並みの中で偶然出合った建物。この文字を作った職人達はまだ生きているだろうか。</p>
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		<title>燕の団地</title>
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		<pubDate>Tue, 08 May 2012 14:29:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sgm</dc:creator>
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		<description><![CDATA[日本全国に団地を愛する人々が相当数いることはわかっている。団地マニアの数は鉄道マニアにはとうてい及ばないけれども、ガソリンスタンド・マニアより多いことは確かだ。というよりガソリンスタンド・マニアを標榜している人を自分以外に知らないんだけど。
この団地マニアの皆さんとはいろいろなところで親しくさせてもらっているが、実際のところ団地とガソリンスタンドにはあまり接点はない。団地の敷地の片隅にガソリンスタンドがある例なら、探せばいくらでもあるだろう。だがこの二つは趣味の地平というか方向性が交わることは、これまでなかったのだ。
過日、和歌山の海岸線沿いに給油所を訪ねてまわった。国道42号線からわざと外れると、旧い街並みの中やひなびた駅の近くに、魅力的な給油所がいくつも点在していて、なかなか先に進めない楽しい旅だった。旧道を辿り、断崖から見下ろす明るい海を楽しんで峠を越え、一面のミカン山の斜面を下りはじめたとき、眼下の風景の中にたいへんなものを見つけて思わずブレーキをかけた。

これは…。団地とおぼしき古い建物の側壁に、旧丸善石油の燕のマークが大きく、あざやかに描かれているではないか。

坂道を駆け降りて小さな橋を渡り、その建物の傍まで飛んで行った。建物はかなり老朽化しているが、まだしっかり現役のようだ。ここからほど近いところに、旧丸善石油の製油所が昔から存在している。その従業員用の社宅として建設され、使われてきたものだろう。

よく見ると、マークは壁面にただ赤く塗装してあるのではなく、レリーフとなっているようだ。丸善石油が大協石油と合併してコスモ石油となって以来すでに四半世紀が経過したにもかかわらず、褪色の早い赤系の塗料がよい状態で残っているのは、燕のマークに誇りをもつ人々が塗り替えてきたのだろうか。
土手の上からしばらくこの壁を眺めて過ごした。これ以上ここにいると、今日の目的地まで辿り着けそうにない。時計にせかされるようにようやくその場所を後にした。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>日本全国に団地を愛する人々が相当数いることはわかっている。団地マニアの数は鉄道マニアにはとうてい及ばないけれども、ガソリンスタンド・マニアより多いことは確かだ。というよりガソリンスタンド・マニアを標榜している人を自分以外に知らないんだけど。</p>
<p>この団地マニアの皆さんとはいろいろなところで親しくさせてもらっているが、実際のところ団地とガソリンスタンドにはあまり接点はない。団地の敷地の片隅にガソリンスタンドがある例なら、探せばいくらでもあるだろう。だがこの二つは趣味の地平というか方向性が交わることは、これまでなかったのだ。</p>
<p>過日、和歌山の海岸線沿いに給油所を訪ねてまわった。国道42号線からわざと外れると、旧い街並みの中やひなびた駅の近くに、魅力的な給油所がいくつも点在していて、なかなか先に進めない楽しい旅だった。旧道を辿り、断崖から見下ろす明るい海を楽しんで峠を越え、一面のミカン山の斜面を下りはじめたとき、眼下の風景の中にたいへんなものを見つけて思わずブレーキをかけた。</p>
<p><img src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/05/mz0.jpg" alt="mz0" title="mz0" width="640" height="360" class="alignone size-full wp-image-1389" /></p>
<p>これは…。団地とおぼしき古い建物の側壁に、旧丸善石油の燕のマークが大きく、あざやかに描かれているではないか。</p>
<p><img src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/05/mz1.jpg" alt="mz1" title="mz1" width="640" height="420" class="alignone size-full wp-image-1390" /></p>
<p>坂道を駆け降りて小さな橋を渡り、その建物の傍まで飛んで行った。建物はかなり老朽化しているが、まだしっかり現役のようだ。ここからほど近いところに、旧丸善石油の製油所が昔から存在している。その従業員用の社宅として建設され、使われてきたものだろう。</p>
<p><img src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/05/mz2.jpg" alt="mz2" title="mz2" width="640" height="420" class="alignone size-full wp-image-1391" /></p>
<p>よく見ると、マークは壁面にただ赤く塗装してあるのではなく、レリーフとなっているようだ。丸善石油が大協石油と合併してコスモ石油となって以来すでに四半世紀が経過したにもかかわらず、褪色の早い赤系の塗料がよい状態で残っているのは、燕のマークに誇りをもつ人々が塗り替えてきたのだろうか。<br />
土手の上からしばらくこの壁を眺めて過ごした。これ以上ここにいると、今日の目的地まで辿り着けそうにない。時計にせかされるようにようやくその場所を後にした。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>美容室建築 [19]</title>
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		<pubDate>Tue, 01 May 2012 14:18:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sgm</dc:creator>
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		<category><![CDATA[design]]></category>
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		<category><![CDATA[美容院、美容室、理容室、理髪店、床屋]]></category>

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		<description><![CDATA[最近流行りのカタカナのものは別として、美容室、美容院以外の漢字表記の例はあまりないが、美容園という書き方ははじめて目にした。しかも建物の状態も悪くない。

できれば真正面から撮影したかったのだが、なにぶん狭い路地で正面からいっぱいに引くことができず、やむなく斜めから撮影した次第。

スター美容園という名前もいいじゃないか。スタアという書き方もあるが、いやここはスターでいい。そんなことを考えながら、静かな日曜日の午後、谷間に隠れている小さな町を後にしたのである。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>最近流行りのカタカナのものは別として、美容室、美容院以外の漢字表記の例はあまりないが、美容園という書き方ははじめて目にした。しかも建物の状態も悪くない。</p>
<p><img src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/05/starB1.jpg" alt="starB1" title="starB1" width="640" height="450" class="alignnone size-full wp-image-1379" /></p>
<p>できれば真正面から撮影したかったのだが、なにぶん狭い路地で正面からいっぱいに引くことができず、やむなく斜めから撮影した次第。</p>
<p><img src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/05/starB2.jpg" alt="starB2" title="starB2" width="640" height="450" class="alignnone size-full wp-image-1381" /></p>
<p>スター美容園という名前もいいじゃないか。スタアという書き方もあるが、いやここはスターでいい。そんなことを考えながら、静かな日曜日の午後、谷間に隠れている小さな町を後にしたのである。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>春の路地裏</title>
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		<pubDate>Mon, 16 Apr 2012 13:33:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sgm</dc:creator>
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		<description><![CDATA[
町工場の職人達の世界を、自ら職人である視線で描き出す小関智弘氏の著作の一つに「春は鉄までが匂った」（ちくま文庫）という作品がある。その題名を見た時に、ほんとうにそうだ。たしかに鉄は匂う。と思った。
子供の頃に暮らしていた町のはずれには金属加工をする町工場がいくつかあった。そこに行くとトタン葺きの屋根の下に旋盤の切削屑が一斗缶やドラム缶に入れてならべてあって、きらきらと輝く螺旋の金属屑がいつも不思議な匂いを発していた。
遠い記憶の中に、匂いとともにいまも忘れることなく刻み込まれているのは、製材所の丸鋸の音だ。土曜日の昼下がり、路地裏で遊んでいると、ぶーんという羽音のような響きが遠くの製材所から聞こえてきた。ときには上空を旋回するセスナ機のエンジン音がそれに重なり、さらにはその飛行機に取り付けられたスピーカーから流れる宣伝のナレーションが風にとぎれながら届いた。
土曜日はまだ半日しか休日ではなかった時代の話だ。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/04/spring.jpg" alt="spring" title="spring" width="635" height="838" class="alignnone size-full wp-image-1370" /></p>
<p>町工場の職人達の世界を、自ら職人である視線で描き出す小関智弘氏の著作の一つに「春は鉄までが匂った」（ちくま文庫）という作品がある。その題名を見た時に、ほんとうにそうだ。たしかに鉄は匂う。と思った。<br />
子供の頃に暮らしていた町のはずれには金属加工をする町工場がいくつかあった。そこに行くとトタン葺きの屋根の下に旋盤の切削屑が一斗缶やドラム缶に入れてならべてあって、きらきらと輝く螺旋の金属屑がいつも不思議な匂いを発していた。</p>
<p>遠い記憶の中に、匂いとともにいまも忘れることなく刻み込まれているのは、製材所の丸鋸の音だ。土曜日の昼下がり、路地裏で遊んでいると、ぶーんという羽音のような響きが遠くの製材所から聞こえてきた。ときには上空を旋回するセスナ機のエンジン音がそれに重なり、さらにはその飛行機に取り付けられたスピーカーから流れる宣伝のナレーションが風にとぎれながら届いた。</p>
<p>土曜日はまだ半日しか休日ではなかった時代の話だ。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>美容室建築 [18]</title>
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		<pubDate>Fri, 06 Apr 2012 13:54:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sgm</dc:creator>
				<category><![CDATA[architecture]]></category>
		<category><![CDATA[roadside]]></category>
		<category><![CDATA[理髪店、床屋、美容院、美容室]]></category>

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		<description><![CDATA[大都会の大きな私鉄駅のすぐ近く、交通量の多い街道に寄りそうように並走する旧道で、この理髪店を見つけた。おそらく50年以上経っている建物だが、立派に営業を続けているようだ。


まだ新しいブラインドの下の隙間から、飼い猫が顔を出して、こちらをずっと睨んでいた。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>大都会の大きな私鉄駅のすぐ近く、交通量の多い街道に寄りそうように並走する旧道で、この理髪店を見つけた。おそらく50年以上経っている建物だが、立派に営業を続けているようだ。</p>
<p><img src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/04/koohb1.jpg" alt="koohb1" title="koohb1" width="640" height="420" class="alignnone size-full wp-image-1354" /></p>
<p><img src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/04/koohb2.jpg" alt="koohb2" title="koohb2" width="640" height="420" class="alignnone size-full wp-image-1355" /></p>
<p>まだ新しいブラインドの下の隙間から、飼い猫が顔を出して、こちらをずっと睨んでいた。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>美容室建築 [17]</title>
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		<pubDate>Wed, 04 Apr 2012 14:03:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sgm</dc:creator>
				<category><![CDATA[architecture]]></category>
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		<category><![CDATA[理容室、床屋、理髪店、美容室、美容院]]></category>

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		<description><![CDATA[
総タイルでトリコロールを表現している廃業物件。
それにしても、この写真、どこが水平でどこが垂直なのかわからない。
左のビルと右奥のビルを基準にしたが、消火栓を表す赤いポスト支柱と焦げ茶の道路標識の支柱も傾いている。歩道の縁石とガードレールは右端は水平だが、左に向かうにつれて下がり気味。なんだかだまし絵のようだ。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/04/matsudoko.jpg" alt="matsudoko" title="matsudoko" width="640" height="480" class="alignleft size-full wp-image-1346" /></p>
<p>総タイルでトリコロールを表現している廃業物件。<br />
それにしても、この写真、どこが水平でどこが垂直なのかわからない。<br />
左のビルと右奥のビルを基準にしたが、消火栓を表す赤いポスト支柱と焦げ茶の道路標識の支柱も傾いている。歩道の縁石とガードレールは右端は水平だが、左に向かうにつれて下がり気味。なんだかだまし絵のようだ。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>牛乳書体</title>
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		<pubDate>Sun, 01 Apr 2012 03:06:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sgm</dc:creator>
				<category><![CDATA[architecture]]></category>
		<category><![CDATA[billboard]]></category>
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		<description><![CDATA[牛乳ブランドには牛乳書体ともいうべき独特の書体があった。
たとえば「乳」の字ひとつにも、森永牛乳と明治牛乳では書き方が違う。これは以前にも紹介した明治牛乳の販売店の例。明治牛乳の乳は「一ツ子」で表されている。

過日、よく晴れた日にたまたま森永牛乳の販売店の前を通りかかった。森永牛乳の乳の書き方は「ノ小子」だ。

写真を撮らせてもらうためにお店のご主人に声をかけると、「ああ、うちのエンゼルマークはよく写真に撮って行く人が多いんですよ。もう珍しいからね」と言われたが、申し訳ないが僕が強く惹かれたのはエンゼルマークではない。軒下に積み上げられた青い牛乳箱に隠れそうになっている販売店名の立体文字だ。

木製の立派な切り文字だが、注目したいのは屋号の漢字まで統一された書体になっていることだ。一枚目の明治乳業の販売店の写真にもあるが、地名に用いられる漢字も明治牛乳の書体と統一がとれたものになっている。これは牛乳ブランドに限ったことではなく、同じ時期（昭和30-40年代）の給油所にも多くの例を認めることができる。


フォントもカッティングシートもない時代、仕様書に清刷された制定書体を見様見まねで現場の塗装職人が考えたのだろう。あるいは最初は統一感があったものが、長年塗装をやりなおすたびに、上からなぞってはだんだんと形が曖昧になってきたものも多い。しかしこの時代の職人が、その意味も知らずに懸命にコーポレート・アイデンティティーに従おうとしていた姿を思いうかべると、いつも胸が熱くなる。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>牛乳ブランドには牛乳書体ともいうべき独特の書体があった。</p>
<p>たとえば「乳」の字ひとつにも、森永牛乳と明治牛乳では書き方が違う。これは以前にも紹介した明治牛乳の販売店の例。明治牛乳の乳は「一ツ子」で表されている。</p>
<p><img class="alignnone size-full wp-image-70" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2009/11/ngs.jpg" alt="" /></p>
<p>過日、よく晴れた日にたまたま森永牛乳の販売店の前を通りかかった。森永牛乳の乳の書き方は「ノ小子」だ。</p>
<p><img class="alignnone size-full wp-image-1315" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/04/milk1.jpg" alt="milk1" title="milk1" width="640" height="480" /></p>
<p>写真を撮らせてもらうためにお店のご主人に声をかけると、「ああ、うちのエンゼルマークはよく写真に撮って行く人が多いんですよ。もう珍しいからね」と言われたが、申し訳ないが僕が強く惹かれたのはエンゼルマークではない。軒下に積み上げられた青い牛乳箱に隠れそうになっている販売店名の立体文字だ。</p>
<p><img class="alignnone size-full wp-image-1319" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/04/milk2.jpg" alt="milk1" title="milk1" width="640" height="414" /></p>
<p>木製の立派な切り文字だが、注目したいのは屋号の漢字まで統一された書体になっていることだ。一枚目の明治乳業の販売店の写真にもあるが、地名に用いられる漢字も明治牛乳の書体と統一がとれたものになっている。これは牛乳ブランドに限ったことではなく、同じ時期（昭和30-40年代）の給油所にも多くの例を認めることができる。</p>
<p><img src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/04/gsfont.jpg" alt="gsfont" title="gsfont" width="640" height="360"  class="alignnone size-full wp-image-1337" /><br />
<img src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/04/motoyashiki.jpg" alt="motoyashiki" title="motoyashiki" width="640" height="360" class="alignnone size-full wp-image-1332" /></p>
<p>フォントもカッティングシートもない時代、仕様書に清刷された制定書体を見様見まねで現場の塗装職人が考えたのだろう。あるいは最初は統一感があったものが、長年塗装をやりなおすたびに、上からなぞってはだんだんと形が曖昧になってきたものも多い。しかしこの時代の職人が、その意味も知らずに懸命にコーポレート・アイデンティティーに従おうとしていた姿を思いうかべると、いつも胸が熱くなる。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>大佐渡食堂−食堂シリーズ [12]</title>
		<link>http://g-stand.com/2nd/?p=1303</link>
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		<pubDate>Tue, 27 Mar 2012 13:34:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sgm</dc:creator>
				<category><![CDATA[architecture]]></category>
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		<guid isPermaLink="false">http://g-stand.com/2nd/?p=1303</guid>
		<description><![CDATA[大衆食堂シリーズも12店舗目となった。

大佐渡食堂。すでにタバコ店になっているが、目の前の国道1号線の盛衰を長年じっと見つめてきた建物である。
その勢いのある文字は、昔の映画ポスターを思わせる。耳を澄ますと、なんだか日本海の荒波が砕ける音が聞こえてきそうだ。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>大衆食堂シリーズも12店舗目となった。<br />
<img src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/03/osado1.jpg" alt="osado" title="osado" width="640" height="480" class="alignleft size-full wp-image-1310" /><br />
大佐渡食堂。すでにタバコ店になっているが、目の前の国道1号線の盛衰を長年じっと見つめてきた建物である。</p>
<p>その勢いのある文字は、昔の映画ポスターを思わせる。耳を澄ますと、なんだか日本海の荒波が砕ける音が聞こえてきそうだ。</p>
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		<title>宍倉友吉</title>
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		<pubDate>Mon, 26 Mar 2012 13:32:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sgm</dc:creator>
				<category><![CDATA[architecture]]></category>
		<category><![CDATA[travel]]></category>
		<category><![CDATA[修繕]]></category>
		<category><![CDATA[移民]]></category>
		<category><![CDATA[職人]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://g-stand.com/2nd/?p=1284</guid>
		<description><![CDATA[昔、ニューヨークにいた頃の仕事場は、築150年の建物の最上階にある6畳ほどの小部屋だったが、雨漏りがひどくて悩まされた。2日も雨が続けば天井にシミが広がりはじめ、そのうちぽたぽたと垂れてくるので、雨の多い時期には毎日ビニールシートを机の上にひろげてバケツを並べてから帰った。
あんまりひどいので、担当者になんとかしてくれと頼んだら、3日ほどしてオルテガと名乗る男が一人やってきて、長い物差しで天井をつついたかと思うと
「あーこれはひどい。」
とひとこと言って帰っていった。オルテガの役目は現状確認なんだそうだ。
オルテガから修繕係のフェルナンデスに連絡が行くのにまた2日ほどかかって、ようやくやってきたフェルナンデスは天井を見上げて
「あーこれは人足が2人は必要だ。」
と言い残して帰っていった。フェルナンデスの仕事は現状によって人足が何人必要かを見積もることだそうだ。
フェルナンデスは人足を手配することにさらに3日ほど費やし、ようやくゴンザレスとテノリオと名乗る人足が来たが、必要な材料が足りないと言って、その日は2人とも午前中で帰ってしまった。翌日テノリオだけが来て、
「ゴンザレスは子供が産まれるので今日は休む。1人だと作業できないので、フェルナンデスの親方に別のを1人よこすようにこれから交渉してくる。」
と言って出ていったまま、その日は帰ってこなかった。
次の日、またテノリオ1人だけが来て
「ゴンザレスは昨日のうちに子供が産まれなかったので、今日も休む。親方に別のを1人よこすように昨日交渉したのだが、だめだったので、今日は1人でやらなくてはならない。」
と言って不満そうに作業を始めたのだが、天井を一部剥がしたところまでやって、
「これは屋根の修理を先にしなければならない。いくら天井を張り替えてもまた漏れてくる。」
と、当たり前のことを言い出した。なんだおまえら屋根屋じゃなかったのかと思ったら、案の定
「親方に交渉してくる。」
と言って帰ってしまった。
どうせまた3日ほどかかって、ロペスとかサンチェスとかロドリゲスとかいう名前の輩が来てはあれこれ言い訳するのはわかっているので、もう当てにしないことにした。ここはニューヨークである。オルテガもフェルナンデスもテノリオもゴンザレスも、どこかカリブ海の島国からやってきた移民だ。
これがオハラハンとかオブライエンとかフィッツシモンズなどと名乗る男達になると、登場人物の数も工期も半分に短縮される。ただし誰か一人はいつも二日酔いで仕事に出てくる。フィッシャーとかミュラーが出てくると2人で2日で修理が終わる。仕事はわりときっちりしているが、融通がきかない。
もしも宍倉友吉って屋根職人がくれば、彼ひとりで1日ですべてが終わる。宍倉友吉（62歳）は朝6時半には現場に来て、9時半に10分の休憩。12時半に奥さん（はつ子 60歳）が作ってくれた弁当をとり出し、10分で食べて20分昼寝するが1時には仕事に取り掛かって、4時に終わり、そのあと現場を30分かけてきっちり掃除して帰って行く。
屋根には足跡ひとつ残っていない。
友吉っぁんはエライよ。友吉っぁんはスゴイよ。
いつか彼に会える日のことを、毎日穴のあいた天井を見上げながら考えていた。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>昔、ニューヨークにいた頃の仕事場は、築150年の建物の最上階にある6畳ほどの小部屋だったが、雨漏りがひどくて悩まされた。2日も雨が続けば天井にシミが広がりはじめ、そのうちぽたぽたと垂れてくるので、雨の多い時期には毎日ビニールシートを机の上にひろげてバケツを並べてから帰った。</p>
<p>あんまりひどいので、担当者になんとかしてくれと頼んだら、3日ほどしてオルテガと名乗る男が一人やってきて、長い物差しで天井をつついたかと思うと<br />
「あーこれはひどい。」<br />
とひとこと言って帰っていった。オルテガの役目は現状確認なんだそうだ。<br />
オルテガから修繕係のフェルナンデスに連絡が行くのにまた2日ほどかかって、ようやくやってきたフェルナンデスは天井を見上げて<br />
「あーこれは人足が2人は必要だ。」<br />
と言い残して帰っていった。フェルナンデスの仕事は現状によって人足が何人必要かを見積もることだそうだ。</p>
<p>フェルナンデスは人足を手配することにさらに3日ほど費やし、ようやくゴンザレスとテノリオと名乗る人足が来たが、必要な材料が足りないと言って、その日は2人とも午前中で帰ってしまった。翌日テノリオだけが来て、<br />
「ゴンザレスは子供が産まれるので今日は休む。1人だと作業できないので、フェルナンデスの親方に別のを1人よこすようにこれから交渉してくる。」<br />
と言って出ていったまま、その日は帰ってこなかった。<br />
次の日、またテノリオ1人だけが来て<br />
「ゴンザレスは昨日のうちに子供が産まれなかったので、今日も休む。親方に別のを1人よこすように昨日交渉したのだが、だめだったので、今日は1人でやらなくてはならない。」<br />
と言って不満そうに作業を始めたのだが、天井を一部剥がしたところまでやって、<br />
「これは屋根の修理を先にしなければならない。いくら天井を張り替えてもまた漏れてくる。」<br />
と、当たり前のことを言い出した。なんだおまえら屋根屋じゃなかったのかと思ったら、案の定<br />
「親方に交渉してくる。」<br />
と言って帰ってしまった。</p>
<p>どうせまた3日ほどかかって、ロペスとかサンチェスとかロドリゲスとかいう名前の輩が来てはあれこれ言い訳するのはわかっているので、もう当てにしないことにした。ここはニューヨークである。オルテガもフェルナンデスもテノリオもゴンザレスも、どこかカリブ海の島国からやってきた移民だ。<br />
これがオハラハンとかオブライエンとかフィッツシモンズなどと名乗る男達になると、登場人物の数も工期も半分に短縮される。ただし誰か一人はいつも二日酔いで仕事に出てくる。フィッシャーとかミュラーが出てくると2人で2日で修理が終わる。仕事はわりときっちりしているが、融通がきかない。</p>
<p>もしも宍倉友吉って屋根職人がくれば、彼ひとりで1日ですべてが終わる。宍倉友吉（62歳）は朝6時半には現場に来て、9時半に10分の休憩。12時半に奥さん（はつ子 60歳）が作ってくれた弁当をとり出し、10分で食べて20分昼寝するが1時には仕事に取り掛かって、4時に終わり、そのあと現場を30分かけてきっちり掃除して帰って行く。<br />
屋根には足跡ひとつ残っていない。<br />
友吉っぁんはエライよ。友吉っぁんはスゴイよ。<br />
いつか彼に会える日のことを、毎日穴のあいた天井を見上げながら考えていた。</p>
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		<title>春を探しに</title>
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		<pubDate>Sat, 10 Mar 2012 16:56:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sgm</dc:creator>
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		<category><![CDATA[roadside]]></category>
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		<description><![CDATA[
小学校2年生ぐらいの頃の話。
ある日、母親に連れられバスに乗って親戚の家にでかけた。家からいちばん近い停留所はオモチャ屋の前にあって、バスがくるまで店の中に陳列してある商品を眺めるのが、いつも楽しみだった。
その日、店内でゼンマイ仕掛けのオモチャを見つけて欲しくなった。めったなことではオモチャを買ってくれない親だったが、その日はめずらしくOKが出た。ただし条件があって、親戚の家から帰ってきて、このバス停で降りるまではがまんしなさいという。
ダメを承知でもねだってみるものだと、その条件を呑んで親戚に出かけた。いつもは長居するのに、その日ばかりは早く帰りたくてしょうがない。何度も何度も母親に早く帰ろうとせかして、ようやく帰途についた。いつもは小一時間で着く道のりが、気が遠くなりそうに長く感じた。
元の停留所でバスを降りると、約束通りオモチャの代金として数枚の硬貨を手渡され、「夕飯の買い物をして帰るから」と言う母親と店の前で別れた。すぐさま店に飛び込んで狭い通路をかき分けるようにして棚に向かった。
しかし、ひとつしかなかったそのオモチャはすでに売り切れていた。
がっかりしてその店を後にしたあの日暮れ時のことをいまでも忘れない。
春が来ている。
県道の脇にひっそりと残っている、こんなオモチャ屋を探す旅をしようと思う。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img class="alignleft size-full wp-image-1281" title="kodomoya" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/03/kodomoya.jpg" alt="kodomoya" width="480" height="640" /></p>
<p>小学校2年生ぐらいの頃の話。</p>
<p>ある日、母親に連れられバスに乗って親戚の家にでかけた。家からいちばん近い停留所はオモチャ屋の前にあって、バスがくるまで店の中に陳列してある商品を眺めるのが、いつも楽しみだった。</p>
<p>その日、店内でゼンマイ仕掛けのオモチャを見つけて欲しくなった。めったなことではオモチャを買ってくれない親だったが、その日はめずらしくOKが出た。ただし条件があって、親戚の家から帰ってきて、このバス停で降りるまではがまんしなさいという。</p>
<p>ダメを承知でもねだってみるものだと、その条件を呑んで親戚に出かけた。いつもは長居するのに、その日ばかりは早く帰りたくてしょうがない。何度も何度も母親に早く帰ろうとせかして、ようやく帰途についた。いつもは小一時間で着く道のりが、気が遠くなりそうに長く感じた。</p>
<p>元の停留所でバスを降りると、約束通りオモチャの代金として数枚の硬貨を手渡され、「夕飯の買い物をして帰るから」と言う母親と店の前で別れた。すぐさま店に飛び込んで狭い通路をかき分けるようにして棚に向かった。</p>
<p>しかし、ひとつしかなかったそのオモチャはすでに売り切れていた。<br />
がっかりしてその店を後にしたあの日暮れ時のことをいまでも忘れない。</p>
<p>春が来ている。<br />
県道の脇にひっそりと残っている、こんなオモチャ屋を探す旅をしようと思う。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>BEEF HOUSE</title>
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		<pubDate>Sun, 04 Mar 2012 15:47:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sgm</dc:creator>
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		<category><![CDATA[travel]]></category>

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		<description><![CDATA[これは25年前にニューヨーク州の北部で撮影した写真だ。BEEF HOUSE。なんというストレートな屋号だろう。日本ならさしずめ牛丼屋というところか。

当時こんなロードサイド・フードの店舗建築に興味を持って写真を撮っていた。日本でもルート66とそのロードサイドの風物は有名だが、僕が好きだったのはもっと無名の地方幹線道沿いの風景。映画に出てくるようなダイナーもまだあちこちに残っていたが、ダイナーよりもむしろ、こういうひなびた飯屋のようなものに強く惹かれた。18輪のトレーラーが夜通しエンジンをかけたまま駐車している広大な敷地の片隅で、グリーシーな匂いをまきちらしているような飯屋だ。
屋根の上の大きな看板は、合板の骨組みに貼り付けたトタン板に直接ペイントしてあり、最初は職人が文字を書いたものの、長い年月の間、塗り重ねてなぞるたびに、だんだんと下手になっていったのがかえって味わいを出している。TRUCK STOPと書いてある通り、お客の多くは腹を空かせたトラック運転手で、Roast Beef on Weckというのは、この地方の名物料理。キャラウェイの入ったドイツ風のロールパンに薄切りのローストビーフを挟んだものだ。

この写真を撮ったとき、この店はすでに廃業していたように記憶している。建物は荒れていないし、窓もそれほど汚れていないのだが、人の気配がなかった。おそるおそる窓ガラスに顔を押し付けて中を覗いて見ると、内部は整然と整頓されていて、砂糖入れには砂糖が半分残っていたし、紙ナプキンもしっかり充填されているのだが、明日からはまたお客さんがたくさんやってくるというような気配がなかったのだ。
屋根の上のコックの絵も、店内の壁にあった絵も、どことなく東洋人の顔をしているのが妙に印象的だった。東洋人の少ないこの地域で、中華料理屋でもないのに、なぜこんな顔をしていたのだろうか。
3月のよく晴れた午後だった。五大湖を渡って吹いてくる冷たい風が店の裏手にある大きな柳の枝を揺らしていて、灰色のしけた顔をした犬がよろよろと駐車場を横切って行った。車内のラジオはWYRK106.5にチューニングしてあった。そういうことを25年たった今もなぜかよく憶えている。
いまこの場所をもう一度訪れても、その痕跡も残っていないだろう。
附記：この写真はKodachrome 64で撮っていた。その頃はいつかフィルムが無くなる日が来るなど想像もしなかった。レンズはMicro Nikkor 55mm一本。これひとつで旅に出て、あらゆるものを撮っていた。愚か者はアメリカの広大な風景をマクロレンズで撮影していたのだ。いま考えるとなんだかとても滑稽だが、それはそれでよかったのかもしれない。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>これは25年前にニューヨーク州の北部で撮影した写真だ。BEEF HOUSE。なんというストレートな屋号だろう。日本ならさしずめ牛丼屋というところか。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-1237" title="BH1" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/03/BH1.jpg" alt="BH1" width="640" height="420" /></p>
<p>当時こんなロードサイド・フードの店舗建築に興味を持って写真を撮っていた。日本でもルート66とそのロードサイドの風物は有名だが、僕が好きだったのはもっと無名の地方幹線道沿いの風景。映画に出てくるようなダイナーもまだあちこちに残っていたが、ダイナーよりもむしろ、こういうひなびた飯屋のようなものに強く惹かれた。18輪のトレーラーが夜通しエンジンをかけたまま駐車している広大な敷地の片隅で、グリーシーな匂いをまきちらしているような飯屋だ。</p>
<p>屋根の上の大きな看板は、合板の骨組みに貼り付けたトタン板に直接ペイントしてあり、最初は職人が文字を書いたものの、長い年月の間、塗り重ねてなぞるたびに、だんだんと下手になっていったのがかえって味わいを出している。TRUCK STOPと書いてある通り、お客の多くは腹を空かせたトラック運転手で、Roast Beef on Weckというのは、この地方の名物料理。キャラウェイの入ったドイツ風のロールパンに薄切りのローストビーフを挟んだものだ。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-1247" title="BH2" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/03/BH2.jpg" alt="BH2" width="640" height="420" /></p>
<p>この写真を撮ったとき、この店はすでに廃業していたように記憶している。建物は荒れていないし、窓もそれほど汚れていないのだが、人の気配がなかった。おそるおそる窓ガラスに顔を押し付けて中を覗いて見ると、内部は整然と整頓されていて、砂糖入れには砂糖が半分残っていたし、紙ナプキンもしっかり充填されているのだが、明日からはまたお客さんがたくさんやってくるというような気配がなかったのだ。</p>
<p>屋根の上のコックの絵も、店内の壁にあった絵も、どことなく東洋人の顔をしているのが妙に印象的だった。東洋人の少ないこの地域で、中華料理屋でもないのに、なぜこんな顔をしていたのだろうか。</p>
<p>3月のよく晴れた午後だった。五大湖を渡って吹いてくる冷たい風が店の裏手にある大きな柳の枝を揺らしていて、灰色のしけた顔をした犬がよろよろと駐車場を横切って行った。車内のラジオはWYRK106.5にチューニングしてあった。そういうことを25年たった今もなぜかよく憶えている。<br />
いまこの場所をもう一度訪れても、その痕跡も残っていないだろう。</p>
<p><strong>附記：</strong>この写真はKodachrome 64で撮っていた。その頃はいつかフィルムが無くなる日が来るなど想像もしなかった。レンズはMicro Nikkor 55mm一本。これひとつで旅に出て、あらゆるものを撮っていた。愚か者はアメリカの広大な風景をマクロレンズで撮影していたのだ。いま考えるとなんだかとても滑稽だが、それはそれでよかったのかもしれない。</p>
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		<title>ソバ店ビル</title>
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		<pubDate>Wed, 22 Feb 2012 16:53:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sgm</dc:creator>
				<category><![CDATA[architecture]]></category>
		<category><![CDATA[design]]></category>
		<category><![CDATA[roadside]]></category>
		<category><![CDATA[wall]]></category>

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		<description><![CDATA[
これは近所の立ち食いソバの店。ここがソバ屋だということは知っていたが、こんなに魅力的な建物だということは長い間気づかなかった。あるときたまたま通りの向かい側で足をとめたら気がついたのだ。
どんな身近かなところに、美しいものが隠れているかわからない。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img class="alignleft size-full wp-image-1231" title="K5sobaya" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/02/K5sobaya.jpg" alt="K5sobaya" width="450" height="640" /></p>
<p>これは近所の立ち食いソバの店。ここがソバ屋だということは知っていたが、こんなに魅力的な建物だということは長い間気づかなかった。あるときたまたま通りの向かい側で足をとめたら気がついたのだ。<br />
どんな身近かなところに、美しいものが隠れているかわからない。</p>
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		<title>赤羽根食堂</title>
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		<pubDate>Mon, 20 Feb 2012 13:06:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sgm</dc:creator>
				<category><![CDATA[architecture]]></category>
		<category><![CDATA[dining]]></category>
		<category><![CDATA[landscape]]></category>
		<category><![CDATA[roadside]]></category>

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		<description><![CDATA[食料品店、美容室建築、自動車修理工場といった当ブログのテーマシリーズに押されているが、大衆食堂も重要なテーマの一つである。

赤羽根食堂。残念だがすでに廃業している。繁盛していた頃の姿を見てみたかった。
この街には古い土蔵や看板建築の商店が数多く残り、それを観光客にアピールした景観地区が設定されて街並みが保存されている。
しかし同じ道筋にありながらこの食堂はその区域からは外れていて、まったく観光客の姿はない。おそらく保存指定にもなっていないだろう。それでも意図して保存されたものには決して宿らない、この建物が持つ魅力に足を止めずにはいられなかった。

ところでこの写真はiPhone4Sで撮影している。ブログにアップする程度の写真なら、デジカメでなくても、iPhone4Sでもう十分なんじゃないかと実感した。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>食料品店、美容室建築、自動車修理工場といった当ブログのテーマシリーズに押されているが、大衆食堂も重要なテーマの一つである。<br />
<img class="alignleft size-full wp-image-1209" title="akabane" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/02/akabane.jpg" alt="akabane" width="640" height="400" /><br />
赤羽根食堂。残念だがすでに廃業している。繁盛していた頃の姿を見てみたかった。<br />
この街には古い土蔵や看板建築の商店が数多く残り、それを観光客にアピールした景観地区が設定されて街並みが保存されている。<br />
しかし同じ道筋にありながらこの食堂はその区域からは外れていて、まったく観光客の姿はない。おそらく保存指定にもなっていないだろう。それでも意図して保存されたものには決して宿らない、この建物が持つ魅力に足を止めずにはいられなかった。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-1219" title="akabane2" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/02/akabane2.jpg" alt="akabane2" width="360" height="480" /></p>
<p>ところでこの写真はiPhone4Sで撮影している。ブログにアップする程度の写真なら、デジカメでなくても、iPhone4Sでもう十分なんじゃないかと実感した。</p>
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		<title>青いインクのpapermateで</title>
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		<pubDate>Sat, 18 Feb 2012 09:02:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sgm</dc:creator>
				<category><![CDATA[design]]></category>
		<category><![CDATA[on the road]]></category>
		<category><![CDATA[roadside]]></category>
		<category><![CDATA[typography]]></category>

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		<description><![CDATA[文字が印字してある紙切れに愛着を持つことおびただしく、そういうものを捨てられないたちで、旅行中に受け取ったレシートやらメモやらはすべて残してある。それこそドーナツ屋でコーヒー一杯を買ったレシートから、一泊34ドルという宿屋の領収書まで。そのときその町には宿屋はそこしかなく、一番高い部屋が34ドルだった。部屋はぜんぶで二つしかなく、安いほうの部屋は28ドルだった。
そういう紙切れをときどき整理しようと試みるのだが、手にとるたびに旅の記憶がよみがえってきて、結局一枚も捨てることができない。
とくに外国のセールススリップはその美しさにほれぼれと見とれることがある。

このShellの未使用のスリップをどこでもらったのか憶えていないのだが、その余白の美しさにしばらく手が止まってしまった。ふと見ると、裏側に何か書いてある。

152・152
どうみても日本人が書いた数字ではない。数字の5と2は日本ではこういう書き方をしない。
そして察するに、これは道順をしめした地図である。それも田舎でおそらくは乾燥した渺々たる平地。
表側をもう一度見ると1993年2月に印刷された用紙であることを示すような記号がある。その時期以降にどこかを旅行中にガソリンスタンドで道を訊ねたときに、店主が事務所のそのへんにあった紙片の裏に書いて説明してくれたもののようだ。オイルとホコリでぎちぎちと鳴るような武骨な手で書いてくれた地図。おそらくShellのカバーオールの左腕のペンポケットに差してあった、白軸のpapermate製の1ダース98セントの青いインクのボールペンで。
&#8220;Thank you!&#8221;というと、&#8221;You bet.”とウィンクして返してくれたかもしれない。
それだけのことなんだが、なんだか気持ちがこみあげてきて、胸がいっぱいになる。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>文字が印字してある紙切れに愛着を持つことおびただしく、そういうものを捨てられないたちで、旅行中に受け取ったレシートやらメモやらはすべて残してある。それこそドーナツ屋でコーヒー一杯を買ったレシートから、一泊34ドルという宿屋の領収書まで。そのときその町には宿屋はそこしかなく、一番高い部屋が34ドルだった。部屋はぜんぶで二つしかなく、安いほうの部屋は28ドルだった。</p>
<p>そういう紙切れをときどき整理しようと試みるのだが、手にとるたびに旅の記憶がよみがえってきて、結局一枚も捨てることができない。<br />
とくに外国のセールススリップはその美しさにほれぼれと見とれることがある。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-1187" title="sh1" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/02/sh1.jpg" alt="sh1" width="640" height="400" /></p>
<p>このShellの未使用のスリップをどこでもらったのか憶えていないのだが、その余白の美しさにしばらく手が止まってしまった。ふと見ると、裏側に何か書いてある。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-1191" title="sh2" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/02/sh2.jpg" alt="sh2" width="640" height="400" /></p>
<p>152・152<br />
どうみても日本人が書いた数字ではない。数字の5と2は日本ではこういう書き方をしない。<br />
そして察するに、これは道順をしめした地図である。それも田舎でおそらくは乾燥した渺々たる平地。</p>
<p>表側をもう一度見ると1993年2月に印刷された用紙であることを示すような記号がある。その時期以降にどこかを旅行中にガソリンスタンドで道を訊ねたときに、店主が事務所のそのへんにあった紙片の裏に書いて説明してくれたもののようだ。オイルとホコリでぎちぎちと鳴るような武骨な手で書いてくれた地図。おそらくShellのカバーオールの左腕のペンポケットに差してあった、白軸のpapermate製の1ダース98セントの青いインクのボールペンで。</p>
<p>&#8220;Thank you!&#8221;というと、&#8221;You bet.”とウィンクして返してくれたかもしれない。<br />
それだけのことなんだが、なんだか気持ちがこみあげてきて、胸がいっぱいになる。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>数千年かけて地球を3分の2周まわった先のサウナ</title>
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		<pubDate>Thu, 16 Feb 2012 16:26:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>sgm</dc:creator>
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		<category><![CDATA[サウナ、フィンランド、移民、移住、橋梁、映画、給油所]]></category>

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		<description><![CDATA[この巨大なトラス橋は全長6545mあって、アメリカ西海岸オレゴン州とワシントン州の州境をなすコロンビア川の河口から20キロほど遡った場所に架橋されている。
この橋のオレゴン側にはアストリアという町がある。人口は1万人を下回っているが、オレゴン州北西部では名の知れた古い町で、昨年200周年を迎えた。この橋をシンボルとしてコロンビア川に臨む小高い丘の裾野に広がる市街地は、映画「グーニーズ」のロケ地となったことでも知られている。
コロンビア川は100km以上上流のポートランドまで大型船が航行できる大河で、そのためにこの橋をオレゴン側で60mの高さに持ち上げられているため、非常に高い橋脚が特徴的だ。
その真下に、橋脚がくっきりと濃い影を落とす二階建ての木造の建物がある。白とブルーで塗り分けられた木造壁の上部にはSUOMI HALL 1893-1947の文字。現在一階には作業服の店がテナントに入っているが、元々は集会所だったもののようだ。いやもしかすると今もそのまま使われているのかもしれない。

SUOMI（スオミ）とはフィンランドが自らの国のことを指すフィンランド語だ。なぜアメリカ北西部の小さな町にフィンランド語の名前の建物があるのか。じつはオレゴン州の北西端とコロンビア川をはさんで対岸のワシントン州の南西端の一帯は、アメリカでもフィンランド系移民の多い地域だ。
フィンランドからアメリカ新大陸に渡った最初の移民は1650年頃とされているが、1870年から1930年頃にかけて最も多くの移民がアメリカに到達している。現在フィンランド系アメリカ人の数は約70万人といわれ、全米の人口のわずかに0.2%にすぎない。都市部で他の人種と同化してしまったものを除くと、フィンランド系移民は特定の地域に密集していまも居住している傾向が強いのが特徴で、五大湖地域のカナダと国境を接する地域一帯、すなわちミシガン州北部、ウィスコンシン州北部、ミネソタ州北部はとくに顕著にフィンランド系住民のコミュニティがいまも認められる。その理由は明らかだ。森と無数の湖に恵まれたその地域は、故郷フィンランドの風景によく似ていたからだ。
しかしその地域とは遠く離れた太平洋岸の狭い地域に、まるで飛び地したようにフィンランド系住民の住む地域がある。このSUOMI HALLの建物に刻まれた古い年号は1893年となっているので、最初東海岸に移住した人々が、よりよい土地を求めて西へ西へと移動し、多くは五大湖地域の北部に定着したものの、ある集団はさらに西に向かった結果、とうとうこれ以上は先にすすめない太平洋岸まで届いてしまったのだろう。
フィンランド人は、もともと先史時代にウラル山脈に近い西シベリアの一地域から西に移動した人々が、現在のフィンランドの一帯に定着したのが起源と言われている。その人々の末裔が2000年以上経ってこんどはアメリカ新大陸に移住して、ミシシッピ川を渡り、さらにロッキー山脈を越えて太平洋岸まで到達し、このアストリアの一帯でそれ以上西に行くことを断念してしまったのだ。

SUOMI HALLと通りを挟んだ向かい側には、なんとアメリカには珍しい公衆サウナ風呂の建物が残っていた。すでに営業はしていないようだが、建物は何度も改修され、比較的最近まではここに人々が集まっていた様子がわかる。

頭上の看板を見上げると、1928年創業の文字。

いまはこのようなわずかな痕跡をのぞけば、アメリカの静かな田舎町の風景となんらかわるところがない。しかしほんの20年ほど前までは、たしかにここにフィンランド系住民の集う場所があったようだ。
町のメインストリートをゆっくりとクルマで流して行くと、古い真っ赤なシボレーのタンク車が止めてある自動車整備工場を兼ねた古い給油所があった。

Niemi OIl。Niemiとはフィンランド語で半島の意味。ときどき見かける苗字でもある。給油所の写真を撮らせてもらおうと、整備工場の中に声をかけると、典型的なフィンランド顔をした長身の男性が、油まみれの手をペーパータオルでこすりながら出てきた。おそらく彼がニエミ氏なのだろう。ニエミ氏はブラウンダック生地のCarharttのカバーオールの上に、さらに同じ素材のCarharttの綿入れジャンパーを重ね着しているのだが、もはや1滴の油もこれ以上染み込まないほど、エンジンオイルやミッションオイルで真っ黒になって黒光りしている。その汚れ具合とヨレ具合がなんとも言えず美しいので、思わず「その作業服ゆずってくれないか」と言いそうになってしまった。
「給油所の写真だって？いいけど。」
「邪魔しないから。数枚撮ったらすぐに去るから。」
「ああ、俺は中に引っ込んでいるけど勝手にやんな。」
いかにも無愛想だが悪い人ではないらしい。間がもたないので、余計なことをちょっと聞いてみた。
「ところでNiemiというのはフィンランド語で半島という意味なんだが、あんた知ってたか？」
「知らんね。だいいち俺も誰もフィンランド語など喋れない。」
そういうとニエミ氏はまた手をぬぐいながら整備工場の中に戻って行った。
はるか西シベリアから出発して数千年。ようやくここまで来て、彼らの遺伝子はそれ以上西へ、それ以上先へ進むのをやめてしまった。さっきの油まみれの長身の男性が、やがて他民族の血の中に消えて行く最後の世代なのだろう。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img class="alignleft size-full wp-image-1152" title="6336" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/02/6336.jpg" alt="6336" width="425" height="600" />この巨大なトラス橋は全長6545mあって、アメリカ西海岸オレゴン州とワシントン州の州境をなすコロンビア川の河口から20キロほど遡った場所に架橋されている。</p>
<p>この橋のオレゴン側にはアストリアという町がある。人口は1万人を下回っているが、オレゴン州北西部では名の知れた古い町で、昨年200周年を迎えた。この橋をシンボルとしてコロンビア川に臨む小高い丘の裾野に広がる市街地は、映画「グーニーズ」のロケ地となったことでも知られている。</p>
<p>コロンビア川は100km以上上流のポートランドまで大型船が航行できる大河で、そのためにこの橋をオレゴン側で60mの高さに持ち上げられているため、非常に高い橋脚が特徴的だ。</p>
<p>その真下に、橋脚がくっきりと濃い影を落とす二階建ての木造の建物がある。白とブルーで塗り分けられた木造壁の上部にはSUOMI HALL 1893-1947の文字。現在一階には作業服の店がテナントに入っているが、元々は集会所だったもののようだ。いやもしかすると今もそのまま使われているのかもしれない。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-1155" title="SuomiHall6347s" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/02/SuomiHall6347s.jpg" alt="SuomiHall6347s" width="640" height="420" /></p>
<p>SUOMI（スオミ）とはフィンランドが自らの国のことを指すフィンランド語だ。なぜアメリカ北西部の小さな町にフィンランド語の名前の建物があるのか。じつはオレゴン州の北西端とコロンビア川をはさんで対岸のワシントン州の南西端の一帯は、アメリカでもフィンランド系移民の多い地域だ。</p>
<p>フィンランドからアメリカ新大陸に渡った最初の移民は1650年頃とされているが、1870年から1930年頃にかけて最も多くの移民がアメリカに到達している。現在フィンランド系アメリカ人の数は約70万人といわれ、全米の人口のわずかに0.2%にすぎない。都市部で他の人種と同化してしまったものを除くと、フィンランド系移民は特定の地域に密集していまも居住している傾向が強いのが特徴で、五大湖地域のカナダと国境を接する地域一帯、すなわちミシガン州北部、ウィスコンシン州北部、ミネソタ州北部はとくに顕著にフィンランド系住民のコミュニティがいまも認められる。その理由は明らかだ。森と無数の湖に恵まれたその地域は、故郷フィンランドの風景によく似ていたからだ。</p>
<p>しかしその地域とは遠く離れた太平洋岸の狭い地域に、まるで飛び地したようにフィンランド系住民の住む地域がある。このSUOMI HALLの建物に刻まれた古い年号は1893年となっているので、最初東海岸に移住した人々が、よりよい土地を求めて西へ西へと移動し、多くは五大湖地域の北部に定着したものの、ある集団はさらに西に向かった結果、とうとうこれ以上は先にすすめない太平洋岸まで届いてしまったのだろう。</p>
<p>フィンランド人は、もともと先史時代にウラル山脈に近い西シベリアの一地域から西に移動した人々が、現在のフィンランドの一帯に定着したのが起源と言われている。その人々の末裔が2000年以上経ってこんどはアメリカ新大陸に移住して、ミシシッピ川を渡り、さらにロッキー山脈を越えて太平洋岸まで到達し、このアストリアの一帯でそれ以上西に行くことを断念してしまったのだ。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-1158" title="sauna6343" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/02/sauna6343.jpg" alt="sauna6343" width="640" height="420" /></p>
<p>SUOMI HALLと通りを挟んだ向かい側には、なんとアメリカには珍しい公衆サウナ風呂の建物が残っていた。すでに営業はしていないようだが、建物は何度も改修され、比較的最近まではここに人々が集まっていた様子がわかる。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-1159" title="sauna6343b" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/02/sauna6343b.jpg" alt="sauna6343b" width="640" height="420" /></p>
<p>頭上の看板を見上げると、1928年創業の文字。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-1160" title="sauna6345" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/02/sauna6345.jpg" alt="sauna6345" width="640" height="420" /></p>
<p>いまはこのようなわずかな痕跡をのぞけば、アメリカの静かな田舎町の風景となんらかわるところがない。しかしほんの20年ほど前までは、たしかにここにフィンランド系住民の集う場所があったようだ。<br />
町のメインストリートをゆっくりとクルマで流して行くと、古い真っ赤なシボレーのタンク車が止めてある自動車整備工場を兼ねた古い給油所があった。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-1176" title="Niemi-Oil-Front" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/02/Niemi-Oil-Front.jpg" alt="Niemi-Oil-Front" width="640" height="420" /></p>
<p>Niemi OIl。Niemiとはフィンランド語で半島の意味。ときどき見かける苗字でもある。給油所の写真を撮らせてもらおうと、整備工場の中に声をかけると、典型的なフィンランド顔をした長身の男性が、油まみれの手をペーパータオルでこすりながら出てきた。おそらく彼がニエミ氏なのだろう。ニエミ氏はブラウンダック生地のCarharttのカバーオールの上に、さらに同じ素材のCarharttの綿入れジャンパーを重ね着しているのだが、もはや1滴の油もこれ以上染み込まないほど、エンジンオイルやミッションオイルで真っ黒になって黒光りしている。その汚れ具合とヨレ具合がなんとも言えず美しいので、思わず「その作業服ゆずってくれないか」と言いそうになってしまった。<br />
「給油所の写真だって？いいけど。」<br />
「邪魔しないから。数枚撮ったらすぐに去るから。」<br />
「ああ、俺は中に引っ込んでいるけど勝手にやんな。」</p>
<p>いかにも無愛想だが悪い人ではないらしい。間がもたないので、余計なことをちょっと聞いてみた。<br />
「ところでNiemiというのはフィンランド語で半島という意味なんだが、あんた知ってたか？」<br />
「知らんね。だいいち俺も誰もフィンランド語など喋れない。」</p>
<p>そういうとニエミ氏はまた手をぬぐいながら整備工場の中に戻って行った。<br />
はるか西シベリアから出発して数千年。ようやくここまで来て、彼らの遺伝子はそれ以上西へ、それ以上先へ進むのをやめてしまった。さっきの油まみれの長身の男性が、やがて他民族の血の中に消えて行く最後の世代なのだろう。</p>
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		<title>食料品店建築 [3]</title>
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		<pubDate>Tue, 14 Feb 2012 13:10:28 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[これは食料品店というよりは、菓子舗である。自家製の菓子とメーカー品の菓子の両方を商っている。

商店にありがちな貼り紙やポスターが一切ないので、一見すると商売をやめてしまった店のように見えるが、ちゃんと営業している。通りに面した引き戸はすべてぴかぴかに磨き上げられているし、店内には煎餅や焼菓子の入ったアルミの蓋のついたガラス瓶が、一分の隙も乱れもなく並んでいる。
ガラスに映った自分を見て、思わず姿勢を正してしまった。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>これは食料品店というよりは、菓子舗である。自家製の菓子とメーカー品の菓子の両方を商っている。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-1147" title="tomoeya" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/02/tomoeya.jpg" alt="tomoeya" width="640" height="420" /></p>
<p>商店にありがちな貼り紙やポスターが一切ないので、一見すると商売をやめてしまった店のように見えるが、ちゃんと営業している。通りに面した引き戸はすべてぴかぴかに磨き上げられているし、店内には煎餅や焼菓子の入ったアルミの蓋のついたガラス瓶が、一分の隙も乱れもなく並んでいる。</p>
<p>ガラスに映った自分を見て、思わず姿勢を正してしまった。</p>
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		<title>食料品店建築 [2]</title>
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		<pubDate>Mon, 13 Feb 2012 15:46:16 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[古き佳き時代の食料品店では店先にショーウィンドウが拵えてあるものがあったが、いまも残るそのような店舗の多くは、自動販売機を並べて塞いでしまっているところが多い。
酒も扱う店ではビール会社や酒造メーカーの担当営業が頻繁にやってきては、そんなショーウィンドウのディスプレイを手伝ってくれたりしたのどかな時代があった。ディスプレイといっても、夏はビール会社の新しい水着ポスターを貼ったり、冬は日本酒の菰樽を並べたりという程度のものだが、それでも季節ごとの色どりは目に楽しいものがあったし、3カ月もたつと色あせてくるのも、それはそれで風情があったものだ。いまは経営者も高齢化して、季節ごとにディスプレイを考える気力もなくなっているのだろう。

この店舗は壁面の文字が和文も英文もそれぞれがオリジナルの書体で、新築時の店主の思いや、建築を担当した工務店の意気込みがいまも伝わってくるようだ。外れかかったグリーンスタンプ加盟店の看板が、この店が通り過ぎてきた時代を語っている。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>古き佳き時代の食料品店では店先にショーウィンドウが拵えてあるものがあったが、いまも残るそのような店舗の多くは、自動販売機を並べて塞いでしまっているところが多い。</p>
<p>酒も扱う店ではビール会社や酒造メーカーの担当営業が頻繁にやってきては、そんなショーウィンドウのディスプレイを手伝ってくれたりしたのどかな時代があった。ディスプレイといっても、夏はビール会社の新しい水着ポスターを貼ったり、冬は日本酒の菰樽を並べたりという程度のものだが、それでも季節ごとの色どりは目に楽しいものがあったし、3カ月もたつと色あせてくるのも、それはそれで風情があったものだ。いまは経営者も高齢化して、季節ごとにディスプレイを考える気力もなくなっているのだろう。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-1138" title="grocery-store2" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/02/grocery-store2.jpg" alt="grocery-store2" width="640" height="420" /></p>
<p>この店舗は壁面の文字が和文も英文もそれぞれがオリジナルの書体で、新築時の店主の思いや、建築を担当した工務店の意気込みがいまも伝わってくるようだ。外れかかったグリーンスタンプ加盟店の看板が、この店が通り過ぎてきた時代を語っている。</p>
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		<title>食料品店建築 [1]</title>
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		<pubDate>Sun, 12 Feb 2012 15:51:32 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[じつは食料品店にもずいぶん前から注目していたのである。
町角の食料品店の多くはスーパーや郊外店舗に押されて消滅しつつある。
個人商店は、コカコーラや食品会社が提供してくれる大きな看板に屋号を入れて間に合わせているところも多い。

しかしこの写真の店舗のように、おそらくは店主が自分で一生懸命ペンキ塗りをしたような看板を見つけることもある。
日除けのテント。手作りの商品台。
午後の残光の中、店の前を物憂げにネコが通り過ぎる。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>じつは食料品店にもずいぶん前から注目していたのである。<br />
町角の食料品店の多くはスーパーや郊外店舗に押されて消滅しつつある。<br />
個人商店は、コカコーラや食品会社が提供してくれる大きな看板に屋号を入れて間に合わせているところも多い。<br />
<img class="alignleft size-full wp-image-1135" title="grocery store 1" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/02/furui.jpg" alt="grocery store 1" width="640" height="480" /></p>
<p>しかしこの写真の店舗のように、おそらくは店主が自分で一生懸命ペンキ塗りをしたような看板を見つけることもある。<br />
日除けのテント。手作りの商品台。</p>
<p>午後の残光の中、店の前を物憂げにネコが通り過ぎる。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>囁きかける風景</title>
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		<pubDate>Fri, 20 Jan 2012 15:47:32 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[ここ数年、かなり頻繁に静岡方面に給油所巡りに出かけているが、由比と興津の間の国道一号線を走るたびに、なぜかいつも懐かしいような切ないような不思議な感覚がみぞおちのあたりにわき上がる。その区間は薩埵（さった）山が駿河湾に落ち込む水際のわずかな隙間を東海道本線と国道が並走しており、古くから日本の大動脈の最隘部とされたところだ。
毎回通るたびにその理由を模索してきたが、やがて西に向かう下りよりも、帰路の上りを走る時のほうがその感覚が強いことに気がついた。しかしこのあたりに暮したこともないし、給油所巡りを始めるまでは、この区間は新幹線か東名高速でいつも通過していたので、その景色には見覚えもなかったはずなのだ。
ところがこの年末、実家に暮の大掃除をしに帰った折り、子供の頃に読んでいた本を整理していて、突然その答がころがりでてきた。ボロボロになった幼児向け学習百科をめくっていると、最初の見開きにまさにその場所の写真があるのを見つけた。

そう、このページを飽きもせず何度も繰り返し見ていた日々があった。その記憶が何十年も頭の片隅にしまわれていて、この場所を通るたびに無意識に呼び戻されていたのだ。上り側を走ったときのほうがその感覚が強い理由も、これで理解できる。
国道はその後海側に拡幅されて現在では片側2車線になっているが、東海道線と国道の間には、たしかにいまもこのような石垣が部分的に残っているのは知っている。
しかし、このあたりは富士山が正面に見えるはずだが、この写真にはその姿がない。この角度からだとちょうど薩埵山の山裾の蔭になってしまうのか。だとすれば遠くにかすんでいる山並みは愛鷹山だろうか。それにしては稜線のシルエットが違うような気がする。どうも遠景に自信がなく、この写真がほんとうに由比と興津の間で撮影されたものであるのか不安になってきたので、とりあえず現地に確かめに行ってみることにした。

やはりこの場所で間違いない。おそらくつばめ号の写真を撮影したカメラマンは、富士山を画の中に入れることを期待して現地に行ったものの、当日は霞んで見えなかったのだろう。手前に見える稜線は、由比の東隣、蒲原の北方にある大丸山だと思われる。
記憶していた石垣は、この地点よりも由比方では現在もよく残っているが、このあたりは道路改修とともに撤去されたようだ。できるだけ古い写真と同じ位置から撮影しようとしたが、なにしろ交通量が多く、しかもたいへんな速度で流れているので路側を歩くことができない。もうすこし先まで踏み込んで上り車線に入れば同じような写真が撮れたはずなのだが、とうてい無理だった。
この本には奥付がなく、何年に出版されたものか不明だが、他のページの記述などから推測すると昭和36年頃初版のものらしい。 この写真の特急つばめの編成を見ると、先頭が国鉄色の赤帯の幅を広げたほど窓の大きい展望車両（パーラーカー）のクロ151を先頭に5号車までが一等車両、6号車は食堂車、7号車はビュフェを連結した12両の豪華長大編成となっているので、昭和35年6月に151系車両が12両編成でつばめに投入されて以降、「さんろくとう」で有名な36年10月の大改正で11両に短縮されるまでの間の写真ではないかと思われる。その後38年8月に再び12両編成が復活しているが、36年10月以降は一等車が一両減って、側面に特徴あるビュフェ車両のモハシ150が神戸方先頭から6両目になるので、この写真（モハシ150が7両目にあたる）はそれ以前に撮影されたものだろう。 全12両のうち先頭から5両目までがすべて一等車両、さらに食堂車・ビュフェ車両も2両連結という豪華さは、「こだま」と並ぶ当時の最優等列車の名にふさわしい。
東海道新幹線が開通するのは、これからさらに3年ほど後のことである。東名高速道路の富士ICと静岡IC間の開通は7年後になる。東海道線と国道一号が唯一の大動脈だった時代、日本列島を巨大な砂時計とすれば、最も細まった首の部分が由比と興津の間にあったと言える。東の人は西に、西の人は東に。その時代の日本中の人々の夢や希望が、特急列車や夜行列車に乗って、乗用車やバスやトラックに乗って、この幅わずか20メートルほどの隘路に束ねられ、ひしめくように流れていた日々があったのだ。
北陸の片田舎で、毎日雪解けの音を聞きながら絵本をめくっていた小さな子供は、一枚の写真を通して未だ見たことのない表日本の明るさにあこがれた。いつかこの場所に行きたいと夢見ていたが、それがどこにあるのかということも知らなかった。しかし数十年後にこの区間を通るたびに、記憶の深い深い底にあったその思いが「ここだよ、この場所なんだよ」と囁いてくれていたことを、いまになってようやく知った。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ここ数年、かなり頻繁に静岡方面に給油所巡りに出かけているが、由比と興津の間の国道一号線を走るたびに、なぜかいつも懐かしいような切ないような不思議な感覚がみぞおちのあたりにわき上がる。その区間は薩埵（さった）山が駿河湾に落ち込む水際のわずかな隙間を東海道本線と国道が並走しており、古くから日本の大動脈の最隘部とされたところだ。<br />
毎回通るたびにその理由を模索してきたが、やがて西に向かう下りよりも、帰路の上りを走る時のほうがその感覚が強いことに気がついた。しかしこのあたりに暮したこともないし、給油所巡りを始めるまでは、この区間は新幹線か東名高速でいつも通過していたので、その景色には見覚えもなかったはずなのだ。</p>
<p>ところがこの年末、実家に暮の大掃除をしに帰った折り、子供の頃に読んでいた本を整理していて、突然その答がころがりでてきた。ボロボロになった幼児向け学習百科をめくっていると、最初の見開きにまさにその場所の写真があるのを見つけた。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-1063" title="kh1" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/01/kh1.jpg" alt="kh1" width="640" height="450" /></p>
<p>そう、このページを飽きもせず何度も繰り返し見ていた日々があった。その記憶が何十年も頭の片隅にしまわれていて、この場所を通るたびに無意識に呼び戻されていたのだ。上り側を走ったときのほうがその感覚が強い理由も、これで理解できる。<br />
国道はその後海側に拡幅されて現在では片側2車線になっているが、東海道線と国道の間には、たしかにいまもこのような石垣が部分的に残っているのは知っている。</p>
<p>しかし、このあたりは富士山が正面に見えるはずだが、この写真にはその姿がない。この角度からだとちょうど薩埵山の山裾の蔭になってしまうのか。だとすれば遠くにかすんでいる山並みは愛鷹山だろうか。それにしては稜線のシルエットが違うような気がする。どうも遠景に自信がなく、この写真がほんとうに由比と興津の間で撮影されたものであるのか不安になってきたので、とりあえず現地に確かめに行ってみることにした。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-1091" title="yui2012" src="http://g-stand.com/2nd/wp-content/uploads/2012/01/yui2012.jpg" alt="yui2012" width="640" height="420" /></p>
<p>やはりこの場所で間違いない。おそらくつばめ号の写真を撮影したカメラマンは、富士山を画の中に入れることを期待して現地に行ったものの、当日は霞んで見えなかったのだろう。手前に見える稜線は、由比の東隣、蒲原の北方にある大丸山だと思われる。</p>
<p>記憶していた石垣は、この地点よりも由比方では現在もよく残っているが、このあたりは道路改修とともに撤去されたようだ。できるだけ古い写真と同じ位置から撮影しようとしたが、なにしろ交通量が多く、しかもたいへんな速度で流れているので路側を歩くことができない。もうすこし先まで踏み込んで上り車線に入れば同じような写真が撮れたはずなのだが、とうてい無理だった。</p>
<p>この本には奥付がなく、何年に出版されたものか不明だが、他のページの記述などから推測すると昭和36年頃初版のものらしい。 この写真の特急つばめの編成を見ると、先頭が国鉄色の赤帯の幅を広げたほど窓の大きい展望車両（パーラーカー）のクロ151を先頭に5号車までが一等車両、6号車は食堂車、7号車はビュフェを連結した12両の豪華長大編成となっているので、昭和35年6月に151系車両が12両編成でつばめに投入されて以降、「さんろくとう」で有名な36年10月の大改正で11両に短縮されるまでの間の写真ではないかと思われる。その後38年8月に再び12両編成が復活しているが、36年10月以降は一等車が一両減って、側面に特徴あるビュフェ車両のモハシ150が神戸方先頭から6両目になるので、この写真（モハシ150が7両目にあたる）はそれ以前に撮影されたものだろう。 全12両のうち先頭から5両目までがすべて一等車両、さらに食堂車・ビュフェ車両も2両連結という豪華さは、「こだま」と並ぶ当時の最優等列車の名にふさわしい。</p>
<p>東海道新幹線が開通するのは、これからさらに3年ほど後のことである。東名高速道路の富士ICと静岡IC間の開通は7年後になる。東海道線と国道一号が唯一の大動脈だった時代、日本列島を巨大な砂時計とすれば、最も細まった首の部分が由比と興津の間にあったと言える。東の人は西に、西の人は東に。その時代の日本中の人々の夢や希望が、特急列車や夜行列車に乗って、乗用車やバスやトラックに乗って、この幅わずか20メートルほどの隘路に束ねられ、ひしめくように流れていた日々があったのだ。</p>
<p>北陸の片田舎で、毎日雪解けの音を聞きながら絵本をめくっていた小さな子供は、一枚の写真を通して未だ見たことのない表日本の明るさにあこがれた。いつかこの場所に行きたいと夢見ていたが、それがどこにあるのかということも知らなかった。しかし数十年後にこの区間を通るたびに、記憶の深い深い底にあったその思いが「ここだよ、この場所なんだよ」と囁いてくれていたことを、いまになってようやく知った。</p>
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